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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『卵は世界』更新】 ( No.272 )
- 日時: 2013/02/08 23:36
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
◆
ダメナコせんせーが、上田君の部屋を出た際にいった言葉に触発されて、思わずあたしも口を開いた。
「……そうよ、上田君」
「え?」
「そうなの、ダメよ、上田君。家族っていうのはね、気をつけないといけないけど、気を遣っちゃダメなのよ!!」
そう言い放った時、玲ちゃんが家出した理由が、やっと腑に落ちた。
……あたしも、そうだった。
まだフウちゃんが昏睡状態だった頃。そう、フウちゃんが起きた時に桜の絵を見せようとして、油絵を描いて、破られた時。
実は、あたしがショックで寝込んでも、お父さんは何もいわなかった。
いわなかったけど、ご飯はちゃんとあたしの部屋の前に置いてくれた。
その後、今井が謝りに来た。絵を破ってゴメン、と。
でもあたしは、謝られたってどうしようもなかった。
その時、お父さんが扉の向こうから、こういった。
『お前、絵を描くのが好きじゃなかったのか』
……そういわれて、とっさに『嫌いじゃないよ』と答えた。
『じゃあ、何で閉じこもってるんだ』
お父さんの問いに、『絵を破られたから』とあたしは返した。
『……折角描いたやつが、ゼロになったから』
そう付け加えると、お父さんは二つ呼吸を置いて、こういった。
『じゃあ、お父さんも手伝ってお前の絵を描こう』
……ビックリだった。
お父さんがそういうなんて。
お母さんとの離婚がショックで、絵を描くことすら嫌になってしまったお父さんが、そういうなんて思わなかった。
そして、なんやかんやで皆と絵を描くことになって、そのノリでお父さんが美術教師になって。
その時、ようやくあたしは、自分がお父さんを誤解していたんだと気づいた。
父さんに気を遣っているばかりに、父さんのことなど目を向けてなかったんだって、その時気付いた。
……ううん。きっと、気を遣っていると自分で思い込んで逃げていたんだろう。家族の癖に、話し合うこともしないで、勝手に決め付けていた。
お父さんは、ずっとずっとあたしより強かった。大人だったのに、あたしを育てた親なのに、弱いって何でかあたしは思ってしまった。
彼とあたしの問題は、根本的に違うだろう。あたしの場合は親で、彼の場合は妹だ。でも、気を遣いすぎて、本人のことに目を向けてなかったことも事実だ。
妹だから、と思うあまり、彼は玲ちゃんと接する方法がわからなかったんだろう(多分、普通の兄妹なら、妹だからなんてあんま思わない。寧ろ「妹の癖に生意気な」とか兄は思うって、何べんもクラスメイトに聞かされた)。
だから、玲ちゃんとは普通に砕けた話なんて、していないだろうなと思った(まあ玲ちゃんも引きこもりだったみたいだから、仕方が無いんだと思うんだけど)。
「今回の家出だって、そんなに性質悪くないわよ。喧嘩して家を飛び出してから、まだ一日しか経ってないのよ?」
「で、でも何かあってたら——」
「だーかーら、そんなに子供じゃないわよ! 玲ちゃんはもう高一でしょうが!」
話だけでもしたら、誤解に気付けたかもしれない。
玲ちゃんは、そんなに弱くないんだってことを。
心配すればするほど、相手を締め付けてしまう。
心配しないっていうのもアレかもしれないけれど、でも、玲ちゃんだってそんなに幼くないのだ。
だって、お母さんと喧嘩したんだよ? 立派に人間の一人じゃない。
人とぶつかることを恐れて不登校になった(と思われる)玲ちゃんが、ちゃんと人とぶつかったんだよ?
「上田君も、お母さんも、気を負いすぎ。そんなんじゃ、また見逃すよ」
上田君も上田君のお母さんも、玲ちゃんの家出は自分のせいだと思い込んでいるけど。
玲ちゃんの家出は、多分誰のせいでもない、と今気付いた。
玲ちゃんは、ちゃんと帰ってくる。
後は、三人が話し合えばいいだけだよ。
あたしが出来ることは、とりあえずこいつの気を紛らす為に、話し続けること。