コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論【『結局、答えは』更新!】 ( No.289 )
- 日時: 2013/02/13 17:15
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
「あ……」
「……三浦さん?」
顔を背けていた武田君が、こちらを向いた。
驚愕の事実を思い出したあたしは、グイン! と、思いっきり武田君の方に顔を向ける。
「そうだよ……思い出した! あたし、武田君と、ここで……一緒に、虹を見たこと!」
そうだった。そうだったよ。
あの時は、狐の嫁入りで、晴れていながらも雨が降っていて。
綺麗だな、って思いながら、いつの間にか見知らぬ土地に来ちゃったんだ。
それで、武田君と——しずお君と……。
「しずお、君……」
「——思い出したんですね」
あたしが震えた声でその名を呼ぶと、しずお君はしっかりとした口調でいった。
「——あの時、僕はお父さんと喧嘩したんです。遊ぶ約束を破られて、とても悲しくて、あのくぼみに入って、ふて腐れていました。その時、キミに声を掛けられた。キミにとってはほんの些細なことだったかもしれませんが、僕はとても救われたんです」
そういって、しずお君は、ぎこちなくも微笑んだ。
「『また会おうね』。その言葉を信じて、僕はずっと待っていました。二年前再び会ったとき、キミは覚えていなかったけど、でもやっぱり嬉しかった。そしてずっとずっと望んでいました。キミと、友人になれたらって。……確かにあの時、約束を破られてとても腹が立ったけど、……もう全然、怒ってません。寧ろ、何であの時、あんな風に怒ってしまったんだろうって、どうして意地張らずに別れを告げなかったんだろうって、時が経つにつれて後悔しました」
しずお君は、右手を差し出す。
「……こちらこそ、ごめんなさい。そして、こっちこそ願ったり叶ったりです。
もう一度、友達になってくれませんか」
——彼は、一体どんな気持ちで、あたしにいっているんだろう。
だって、約束を破ったあたしが、そしてちゃんと謝りもせずへらへらと笑っていたあたしが悪いのに。それを責めても良かったのに。
なのに……自分もごめんと、こちらこそ友達になって欲しいと。
更に、彼はずっとあたしを覚えてくれていた。あたしは、いわれるまですっかり忘れていたのに。沢山沢山、あたしは彼を傷つけたのに。
彼は、無表情で無口で良く判りにくい。
でも、そんな彼が、精一杯伝えてくる。
——あたしは、素直に喜んでいいのかな。
今まで、沢山沢山、酷いことしたのに。多分、バカだからこれからもするだろうに。
だから、失礼だけど、聞いてみた。不安だったから。
「あのね、玲はね……本当はね……。あの時武田君に話したのは、助けたかったからじゃないんだよ?」
「知ってますよ、そんなこと」
呆れたように、でも嬉しそうに、しずお君はいった。
「……けれど、それでいいんですよ。僕は。ほんの些細なことだったとしても」
一度区切って、しずお君はいう。
太陽の光が、彼の笑顔を照らしていた。
「僕にとっては、大切な、忘れられない想い出だったんですから」
アブラゼミとクマゼミが、鳴き続ける。
大きな時間を埋めるように、沢山沢山鳴き続ける。
それはまるで、空っぽだったあたしの時間も、埋めるようだった。
——変、だねえ。
悲しくなんて無いのに。辛くもないのに。寧ろ、恐怖と不安が取り除かれたのに。
嬉しくて、苦しんだ。けれどそれは、苦しくても身体の芯から満たされていくようだった。
変な時に発動する癖に、こんな時に限って、上手く笑えないんだ。
代わりに、涙が零れていく。
暑くても、やっぱりあたたかい涙が零れていく。
「……また泣くんですか」
武田君が、ため息をついた。
仕方が無いじゃない。止まらないんだから。
大人だったら、涙以外に表現できるのかな。
こんな溢れる想いを、どうやったら上手く表現できるのかな。
頑張って進んでみれば、何時かそれに、辿りつけるかな。
大人に、なれば。
何時かきっと、誰も傷つけず、誰かを癒す人間に、なれるかな。