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Re: 臆病な人たちの幸福論【『結局、答えは』更新!】 ( No.290 )
日時: 2013/02/13 18:03
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)














「あ、もういいでしょうか?」


 一通り泣いて落ち着くと、木の陰から、ひょっこり知っている顔の女の人が現れた。
 ——一度も会ったことないけど、新聞で見たから知ってる。この人は、長い間昏睡状態になって、最近起きた、あたしの先輩だ。



「おい、ちょっとタイミング悪いんじゃないか……?」
「まあ、一通り解決したと思うばい」
「大丈夫ダイジョーブだって。三也沢」



 女の人に続いて、ひょこひょこと男の人(残る二人はあたしを探してくれた人)が現れていく。



「……覗き見していたんですか、先輩方。悪趣味な」



 武田君が本気で、呆れていった(今さっきとは比べ物にならないほど)ので、先輩方はギクリ、とわかり易く固まる。



「ま、まあまあ! そこんとこは気にするな!」
「そこはバンドラの箱というわけでして、玉手箱のように開けちゃいけんったい!!」
「まあ、いいですけど……というか、何で宮川先輩と橘先輩がここに居るんですか?」



 武田君は、確かに今まで見なかった男女二人(女の人は宮川先輩、男の人のほうが橘先輩らしい)に聞いた。



「ああ、実はね……」
「かくかくしかじかでな!」
「判るか」


 思わず、あたしも武田君と一緒に突っ込んだ。心の中でだけど。



「まあ、そこは気にしないでくださいよ……っと、上田玲ちゃんですよね?」




 宮川先輩に話を振られたあたしは頷く。



「とりあえず、自己紹介ですね。わたしの名前は、宮川諷子といいます。貴女のお兄さんには、良くお世話になってます」
「あ、はい初めまして! これはどうも、ご丁寧に」



 畏まったあたしが慌ててお辞儀をすると、宮川先輩は、大層綺麗な顔立ちで、ふんわりと笑った。
 ……うっわ、メッチャ美人。男だったら惚れるところだわ。
 とまあ、それは置いといて。宮川先輩は、持っていた本をあたしの目の前に突き出した。



「この本。貴女のお父様の本であり、最近学校の図書室で借りたものでもありますね?」
「あ、はい」


「え、そうなんですか?」武田君が隣で驚いたように(といってもやっぱり無表情だけど)いった。


「さっき、上田君に話を聞いたんです。この本は、本当は処理されるハズだったところを、お父様が譲り受けたものだと」
「……はい。あたしも、兄からそう聞きました」
「この本の有名な台詞に、こんなことが書かれてます。『鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという』」


 パパが、しょっちゅういっていた言葉だとお兄ちゃんから聞いたことがある。
 あたしも、パパが死ぬ間際、その言葉を聞いた。


「……ねえ、玲ちゃん。お父様、一体何を伝えたかったんだと思う?」
「え?」
「——なんて、実はわたしも、こんな風に人にいえる立場でもないんですけど」


 そういって、宮川先輩は苦笑いした。



「生まれて出てくるには、卵を自分から割らないといけない。そして割ったら、今度は飛び立つ練習をしなければ、鳥たちは生きていけない。わたしたちもいえることですね。何時まで経っても、親のところにいちゃいけない。甘えちゃいけない。……でもそれは、焦らなくても何時か来るものなんですよ。焦らなくても、その瞬間は、必ず判る。焦っちゃ、瞬間さえ判らなくなっちゃいますよって、伝えようかなと。今なら、頼れる人間も居るはずですし。というか、お母様や上田君に頼ってもいいんじゃないかな、と。貴女には、その権限と義務があるハズだから」


「きっと、お父様も頼って欲しかったんだと思います」宮川先輩は笑う。


「じゃなきゃ、この本と言葉を残すはずがありません。わたしも、この本を全て理解したわけじゃありませんが……上手くいえないけれど、お父様は、娘である貴女に対して、何かしてあげたかったんじゃないかな……なんて、勝手ないい分ですけど。
でも、先輩として、わたしもいっちゃいますね。子供であるうちは、大人のせいにしちゃっていいと思いますよ。少なくとも、殻を割る前は、大人のせいにしちゃってください。殻を割ったなら——今度は、周りを見渡してください」


 きっと、素敵なことが、沢山見つかるはずだから。
 宮川先輩は、そう締めくくった。


「……」


 渡された本を、あたしは抱きしめる。
 古い、古い本。あまり読めない本の癖に、捨てられずここまでしぶとくたどり着いた。



「……ごめんなさい。あまりにも、変な説明と、失礼で身勝手な発言でしたね」



 宮川先輩が不安げに聞いてきた。けれど、そんなハズはないと、あたしは首を横に振る。


 そう、そんなハズない。
 だってそうじゃなきゃ、あたしをあのモヤから助けたりしなかった。
 今、この本を抱きしめているのは——パパが、助けてくれたから。
 でも。



「……どうして、こんな回りくどいことしたの」



 直球でいってくれたら、こんな風に苦しむことはなかったのに。
 思わず毒ついたら、橘先輩と呼ばれた男の人が「そうだよなあ」と大げさに頷いた。


「ほんっと、父親って良くわかんないよなあ! 変な風に物伝えるし、自分はそうしたつもりでも、全然こっちには伝わらないし。おまけに頑固だし!」
「……苦労してるんだな、橘」


 三也沢先輩が、同情の念を送った。


「そんなこといっても、たちばなっち。たちばなっちも、何時かはお父ちゃんになるとよ?」
「ちょっと待て! 俺はあんなオヤジにはならん!」
「どうかな、それは。遺伝子って凄いからな」
「いーや、ならないね!!」



 先輩方の会話に、思わず笑みが零れる。

 ホント……。



「ハッキリ伝えてくれなかったから、色々忘れちゃったじゃん」



 返事はしないとわかっていながら、それでも本に声を掛けた。
 そしたら、返事が来た。勿論、本は口を利かない。
 いったのは、宮川先輩だった。




                      「それでも、忘れたくない想いは忘れちゃいけないし、だからこそ忘れないんです」



(そうだったでしょう? と笑う宮川先輩に)
(あたしはしっかり、笑って返す)


(……ありがとう)