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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『第三部、完結!!』更新!】 ( No.302 )
- 日時: 2013/02/15 21:50
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
- 参照: この話を、無理やりルゥ様に捧げる!!!!
ある冬の日のことばい。
学校から行く途中、俺は、まだ小さい子猫と出会ったんじゃ。
一人ぼっちで鳴く子猫と、もう一人じゃなくなった俺
下校の時も、その子猫はおった。
まだ、あどけないやらしい子猫。真白な地毛に、耳や右目のところに、グレイが斑に散りばめられていたったい。子猫やからやろうか、かなり綺麗だったばい。
その様子ば見ているだけで和んでいたんやけど、その猫は頼りなく、ニャーニャーと小さく鳴くだけやった。
「どうしたんじゃ?」
返事はせんと判っとっても、俺は子猫に声ばかけた。思わず手も伸ばしたけど、慌てて引っ込む。何故なら、その子猫には首輪がしとらんかったけん。
——自然に生きているモノに、無闇に関わってはいけませんよ。たとえ大変でも、手を貸せば余計なおせっかいになることもあるんですから。
あの人の厳しい声が、一緒に脳裏に浮かんだ。
……たまに怖くていいなりになってしまうんじゃけど、今回は当たってるかも、と思ったけん、放っておくことにしたばい。どうせ俺、アパート暮らしでペット飼えんし。ほんの気まぐれで世話しちゃ、いかんじゃろう。
でも、やっぱり、頭越しから忘れることは、出来んかった。
「……というわけなんですよ、先輩」
バイト先で、同じ施設育ちの先輩に、不安だった俺はあの子猫の話をしたったい。
休憩時間にこんな話ばするのは、躊躇いがあったけど、先輩は嫌な顔ばせず、朗らかに聞いてくれた。
「あー、それは野良猫の引越しだろうさ」
「引越し……? 野良猫が引越しするんですか?」
「安全な場所を求めてな。野生の動物なら、当たり前のことさ」
コーヒーをすすりながら、先輩はいった。
良かった、と俺は安堵したばい。別に、人間に捨てられたわけじゃないんやな、と。
それまで緊張してお茶も飲めなかった俺は、カップを取った。ばってん、先輩は最後に、気にかかることばいった。
「だけど……ずっとそこに居るってことは、親猫に何かあったのか、はたまたは捨てられたのかもしれねぇな……」
バイトの帰り道。
子猫は、まだそこに居たったい。ニャアニャア、と頼りなく鳴いておった。
俺は、その前ば駆け足で過ぎた。過ぎたら、アパートまで走ったったい。
ガタン! と、思いっきり金属で出来たドアば閉めて、そのままベッドに飛び込んだ。
ドスン、と柔らかい布団が、とても安心できたばい。
——目に焼きついて離れないのは、あの子猫の姿。
あれは、昔の俺そっくりやった。
五歳の頃、俺は両親ば事故で亡くした。俺はその時幼稚園におったから、無事じゃったけれど。
その日は、俺の誕生日で、家族三人でレストランで豪華に食事するつもりやった。俺ば向かいにいく途中——二人は、飲酒運転しとった車とぶつかり、帰らぬ人となったばい。
あの日は、悲しいことに雨だった。
雨の中、ずっとずっと、二人を待っていた。来るはずのない、二人を。
雨の中、幼児が外で待っとったらどうなるか、なんて、今じゃ判りきっとる。俺は熱を出し、意識ば取り戻した時には、二人の葬式の準備が始まっとった。
二人の遺影ば見て、改めて寂しいと思ったことはなか。その時は、まだハッキリと死んだ、という感じがなかったけん。
それでも、……それでも。あの雨の日の悲しさと寒さは、忘れられん。
それから数年して、親戚の中ばたらい回しにされていた俺は、ようやく、寂しいという感情に気付いた。
その時やっと、ああ二人はもう居らんのか、と自覚してしもうた。
その時、更に悲しさと寒さがわき出ていった。
ずっと、死んでも尚、俺は二人を待っていたかと思うと。
悲しいと思っていても、やっぱり心のどこかで、俺ば向かいに来てくれて、一緒にレストランで食事して、『お誕生日おめでとう』と祝ってくれることば、ずっとずっと祈っとった。
そう気づいた時、俺は、押さえ切れない孤独感で、いっぱいじゃった。
——うとうとと、寝ていた俺ば起こしたのは、叩きつけるような雨の音。
ガバ、と起きて、窓のほうば見ると、外は土砂降り。そろそろ洪水警報が鳴るんじゃなかろうか、と思うほど酷い雨やった。
すぐに思い出したのは、あの子猫。
あの子猫は、この雨の中、ずっとずっと鳴いておるんやろうか。
あの時の、俺のように。
「……」
——……本当は、ダメなのかもしれない。
そう心の中で呟いた。
気まぐれで命ば救うなんて。情で中途半端なことするなんて。本当は、ダメなんじゃろう。
でも、やっぱり。……他人事とは、思えんかった。
俺はすぐに、レインコートと傘を準備して——家ば、飛び出した。
ビシャビシャ、と走る度に水の音が更に響く。
この土砂降りの中、走り続けるのはかなり体力が必要やった。
「(あの子猫は、どんな想いであそこで鳴いているんやろうか)」
こんな雨の中、怖くて震えて。
それでも、親が帰ってくることを、信じて疑わず、ずっと鳴き続けているんやろうか。
あの時の、俺のように——……。
信じることは、むなしいことじゃろう。
むなしいと判れば、切なかろう。
それでも、それば納得しとうなくて。懲りずに、ずっとずっと信じとる。
傷だらけになっても、やっぱり何時も信じとる。
俺は何年経っても、二人が帰ってくることを信じとる。
もう、居ないと判っとっても。むなしいと判っとっても。
俺は、正真正銘のふうけもんなんじゃろう。
ビシャビシャ。
その響きば、何百回聴いたじゃろう。
全ての感覚が麻痺して、それでも必死に子猫を探す。
視界を遮るような、針のような雨。打ち消すような、爆発音に近い雨音。
あの子猫は、何処におるんやろうか——……? そう思った時。
すぐ傍にあった、バス停の軒下で、子猫はおった。
「あ……」
そこには、親猫——ではないようやった。模様が、全然違う。毛は長く、みすぼらしくも、スラリとした体格の猫じゃった。
けれど、猫は、大事そうに子猫を舐め、子猫に乳をやっとった。子猫も、猫ば親のように懐いとった。
——何故、ここに一人泣いているんですか?
あの人との初対面ば、思い出す。
親戚の家は居りづらくて、何時も公園で泣いとった。そこを、あの人に声ばかけられた。
それが縁で、俺は施設に預けられ、今ばこうして生きとる。
「……ああ、そうか。あーたも、一人じゃなかとね」
遠目で見るように、俺は一人呟いた。
こうして、何もできんかったとはいえ、俺と子猫は、視線を交わした。
その時から、もう一人じゃなかったったい。
俺は安心して、きびすば返した。
もう、大丈夫。そう思えたけん。
あの子猫も、何時までも本当の親猫ば待ち続けるんじゃろうか。
俺も、何時までも帰ってこないと判っとっても、あの二人を待ち続けるんじゃろうか。
それは、とてもとても寂しいことじゃろう。むなしいことじゃろう。
でも。
もう、決して独りじゃないんだ
(心のどこかで、むなしさを「孤独感」と勘違いしとった俺じゃけど)
(……今はもう、むなしさも良いかな、なんて思ってしまってるったい)
(独りじゃないって、気付けたから)