コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な幽霊少女【怠惰な女性司書編 スタート!】 ( No.31 )
- 日時: 2012/10/16 17:51
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FIlfPBYO)
雪ちゃんは紅茶、私はコーヒーを注ぎ、未開封のクッキーを開け、皿の上に乗っける。暖かい湯気と、甘い香りが漂ってきた。
「……私はねえ、息子を亡くしたの」
「え……」
「ああ、ごめんなさいね、いきなり重い話で」
茶化すようにして笑って、私はカップに口を付ける。
苦いはずのコーヒーは、何処かしょっぱい味がした。
「交通事故でね……その頃息子はまだ五歳で……一緒に手を繋いで、横断歩道を歩いていたの。そのまま、轢かれちゃってね。
私は奇跡的に助かったんだけれど……あの子は……」
頭が粉々に砕かれていた。
私が意識を取り戻したときは、もう、あの子の顔なんて見られなかった。
「飲酒運転……だったわ。
それ以来、子供を産めなくなってしまった。……元々、産みにくい体質だったのよ。
悲しみよりも、憎しみが多くて。全部憎まなくちゃ気が済まないって時に、私はあの子と出逢ったわ」
ポリ、とチョコクッキーをかじる。
流石銘菓。甘すぎず、苦すぎず、とっても美味しい。
「あの子って、三也沢君ですか?」
雪ちゃんが聞いてきた。
両手でカップ持つなんて……何この可愛い生き物。
「そう。三也沢君。最初会ったのは、やっぱりこの図書室だった。
前からやってたんだけどね。子供が生まれる時、子育てに専念しようって思って辞めたの。でも、子供が死んじゃって……閉じこもると、気持ちまで塞ぎこんでしまうから仕事してみろって、主人にいわれてね。
で、この学校の図書室に来たってワケ」
でも、そんなに簡単に気持ちが切り替えるわけもなかった。
確かに仕事は忙しかった。へこんでいる暇がないほど。
へこむっていうのは、人生で一番無駄なことかもしれない。やるべきことをやらないで、そのまま呆然としているだけだから。
頭では判っていたけれど、心はついてこなかった。
もう、誰にも干渉されたくない。同情も慰めも要らない。
ただ、ずっとうじうじしたい気持ちだった。
とにかく、閉じこもりたかった私は、何とか校長に頼んで、図書室の古本の倉庫を自分のサボリ部屋に仕立てたのだ。
ドアをつけ、鍵をつけ。古本を全部捨てて、私の好きな宮沢賢治の本で埋めつくして。
コーヒーを飲んで、お菓子を食べて、また本を読んで。
「最ッッ高だったわ……!」
「あれなんかシリアスからギャグに変わりつつない?」
雪ちゃんが何かいったけど気にしない。
「まあ、ともあれあの子と出逢ったのは、去年の夏休みだったのよ」
◆
暑い、夏の日のこと。
夏休みでも、図書室は開いている。
そして私は珍しく、カウンター席で貸し出しの仕事をしていた。
何でその日は奥の部屋へ行かなかったか。簡単な話である。
——クゥラァが使えねえんだよぉぉぉぉ!!
いやね、図書室はクーラーがついてるんだけど、流石に奥の部屋にエアコンをつけるほどの予算がなかったのよ。
でも、その日はもう暑くて暑くて、仕方ないからカウンター席で働いていたわけ。とはいえ、図書室にはあまり人が来ないから、本を読みながらだったけれど。
数十分後。
人、一人も来ない。
そのまた数十分後。
やっぱりこない。
さらにまた一時間後。
……全然来ない。
ああ、もう。全然人が来ない。
何で大切な休暇が、こんなにも取られて行くのかしら。
なんて、ため息をついたときだった。
「これ……借ります」
ブッハアアアアアア!!
……思わず、飲んでいたコーヒー噴出しそうになった。
いや、だってね? 誰も居ないなー、暇だなーって思っている時によ? いきなり人が現われたら、ちょっとびっくりしない?
何時来たんだ、って思ってる最中に、その子は聞き取り難い低い声で、ボソリと呟いた。
「あの……独り言聞こえてました」
まじか。
もう、吃驚仰天よ。いないと思っていたらいきなり現われて、尚且つ独り言まで聞かれてたんだから。
「……とりあえず、本借ります」
「あ、ゴメン」
本借りるんだったな、この少年。
慌ててバーコードスキャナを取り出し、本のバーコードに当てる。
「(……あら、これ)」
その本は全て、宮沢賢治の話だった。
「……好きなの? 宮沢賢治の話」
私が聞くと、コクン、とあの子は頷いた。
その時、私は親近感を覚えた。
大人びて冷めた瞳には似つかわしい、子供らしい頷き方だったから。
「……手元の本を見ている限り、先生も好きみたいですね」
「あ、うん。好きよ、宮沢賢治作品」
自然と、私は文庫本を手に取った。
『銀河鉄道の夜』。私は、小さい頃からこの本が大好きだった。
理由は、お花が沢山出てきたからだ。……それだけ。
でも今の理由は、ちょっと違ったりする。まあ、その話は今度。
「……あの、先生」
「ああ、ごめんなさい」
はっと我に返って、スキャナ済みの本をあの子に渡した。
——これが、三也沢君との出会いだった。