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Re: 臆病な人たちの幸福論【『自戒予告』更新!】 ( No.314 )
日時: 2013/02/24 13:03
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)


 ——……そういえば、ダメナコは自分の息子を亡くしているんだった。
 いや、今日墓参りに行くのはそのダメナコの息子なんだけど、改めて思い出すと、やはりこちらも心が重くなる。


 ダメナコの息子は、飲酒運転事故で亡くなった。
 それも、ダメナコの隣で。まだ、五歳という小ささで。元々子供が出来にくいダメナコは、かなりへこんだようだ。自棄になって、その息子の想い出のモノを全部捨て、今日まで墓参りに行くことはなかった。
 昔、俺はそれを聞いて、怒ったことがある。「愛していたなら、どうして墓参りにいってやらないんだ」と。
 今思い出しただけで、凄く恥ずかしい。とんでもなく恥ずかしい。あー、風が気持ちいい。

 ……過去逃避はここまでにして。

 とにかく、今回はその息子の墓参りなのだが——まあ、その変化は喜ばしいことではあろう。ダメナコの傷が、少しずつ癒えている証拠だろうから。
 けれど、どうして、という気持ちは俺にはある。いや、墓参り行くな、とはいわないけれど。そうじゃなくて、どうして墓参りに行こうという気になったのだろう。という、「どうして?」だ。
 フウのように、上田妹のように、人は立ち上がったり立ち直ったりすることができる、というのを、俺は知っているつもりだ。だから、ダメナコだって立ち直ることは出来るだろう。
 けれど、フウや上田妹は、「劇的な変化」が大いに関わって、そこから極端に変わることが出来た。けれどダメナコに、特に劇的な変化は見当たらない。


「(……俺は、ダメナコというか、大人ってものを、あまりにも知らなさ過ぎるんだな)」


 俺の身の回りには、あまりにも「大人」が少なすぎる。特にあのバカ母親とか。後バカ母親とか。あれらは、そのまま子供が大きくなっただけに過ぎないだろう。
 けれど。やはり、「大人」でも、人なのだ。傷つくことは、絶対にある。そこから、どうやって立ち直っていくのだろう。
 俺たち子供は、大人の保護の下で暮らしている。だから、辛いこととか苦しいことを、全部「大人」に押し付けることが出来る。甘えることが出来る。
 それでも、「大人」は、そんな時間がないほど忙しいのかもしれない。……ダメナコは例外だと思うけど。
 それとも、忙しさで、悲しさが紛れると思ってしまうのだろうか。そう思わなければならないほど、思い詰められているのだろうか。
 そう考えている時。


「……ねえ、メイコちゃん」


 柊子さんが、遠慮がちに来た。細い腕には、分厚く青いアルバムが一冊、あった。
 それを見ると、ダメナコは大きく目を開いた。


「これ……どうして!?」
「耕介君がね、あなたが後悔しないようにって、またちゃんと、大輝君との想い出と向き合えるようにって、柊子のところに送って来たの」


 柊子さんは、ゆっくりと微笑んだ。


「そろそろ、返し時かなって。開けてみて?」


 柊子さんが促すと、ダメナコはおそるおそる、アルバムを開いた。
 そこには、生まれたての赤ん坊の、同じような写真がいくつもあった。その隣に、ビッシリと文字が書かれている。
 それを、ダメナコが指でなぞる。ダメナコの指が、震えたように見えた。


「……大輝」


 ダメナコが呼んだ息子の名前は、丁度蝉時雨が辺りに響いていても、やけにはっきりと聴こえた。


                   ◆


 山を暫く歩くと、辺りが開けてきた。
 広場のような場所に、幾つかお墓がある。そこから見える風景は、町だった。


「うわあ……綺麗—」
「フフン。柊子が選んだベストポジションだよっ!」


 感嘆の声を上げるフウに、柊子さんが得意げにいった。
 成程、確かに良い景色だ。
 隣では、竜胆の花束をブンブンと振り回した、落ち着きようのないダメナコが居た。


「もう、住職さんとは話しつけたし。さっさとお参りしましょう」
「『さっさと』って、おま……」


 ダメナコのいい加減さに、俺は呆れる。
 お前、本当に一人息子亡くして悲しんでいるのか? と、ツッコみたいが……いわないで置いてあげよう。


「いいでしょう、その方が。何? 諷ちゃんとの二人っきりのデートより、ちんけな墓参りの方が良いっていうの?」
「なっ!」


 俺とフウの声が、同時に重なる。


「あら、照れちゃって」
「多感なお年頃っていうのが普通はあるんだよ! ってか、あんたらには関係ねぇだろ!!」


 俺は叫んで、しまったと思った。完璧にダメナコのペースだ。


「ほら、ちゃっちゃと線香上げる。んで、とっとと二人でデートしていきなさい。諷ちゃんもー」
「『もー』じゃねえ! フウも何か……フウぅ!? 顔真っ赤にすんな! こいつのペースに嵌っちゃダメだろぉぉ!!」
「三也沢君。そんな顔で、貴方も人のこといえないわよ」


「ほれ、もう線香上げたんだから行って来い」そう背中を押されて、追い出されるという形で傍を離れた俺たち。



「……」
「……」
「……とりあえず、ここらへん散歩するか」
「……だね」


 気まずさの中、とりあえず俺たちは山の中を散歩することになった。
 まだまだ、暑い昼間の中を。