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Re: 臆病な人たちの幸福論【『自戒予告』更新!】 ( No.315 )
日時: 2013/02/24 14:12
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)


                  ◆



「……良かったのか、アレで」


 耕介が、珍しく声を出した。
 背を向けているから、どんな顔をしているか判らない。
 まあどうせ、どんな評定していても、目は死んでいるんだろうけど。


「……いいのよ」


 やっとの想いで、私は声を振り絞った。
 焦げた匂いと、線香の匂いが、混ざって上に上がっていく。


「こんな姿、あの二人に見せることは、したくないもの……」





 口を動かしたくない。
 動かせば、胸から熱いものが込みあがっていく。
 苦しくて、声だって震えちゃう。
 しょっぱい味が、口に広がっていく。


 鏡なんかなくても、泣いているって、判っちゃうじゃない。
 それでも、言葉にしなければ、向き合えないと思った。



「人は、早かれ遅かれ死んで行くわ。私も、あっという間に大輝の元を訪れる。あの時私が代わりに死んでいたって、大輝も死ぬわ」
「……」


 耕介も、虎太郎さんも、柊子さんも、黙って聞いてくれる。
 それでいい。下手な慰めが入れば、私は余計ワケが判らなくなる。


 人は、死ぬのが当たり前だ。それに、早いも遅いもない。
 あの事故も、被害者である私たちをどんなに世が正当化してくれても、大輝が戻ってくることはない。例え、老衰じゃなくても、死ぬ時は死ぬのだ。
 仕方がないことなのだ。


「でもね。……それでもね」


 あの事故は、理不尽だ。
 幾らこちらが交通ルールを守っていても、あちらが破ってしまえば、ルールも無効になってしまう。
 法なんて、そんなもの。法を盾にして身を守ることなんて、絶対に無理。
 あの事故がなければ、先に死ぬのは私だった。順番は、親が先に死ぬのだ。子供は、ずっとずっと、後で良い。
 だから。どうしようもないと判っていても。


「——私が、代わりになりたかった……!!」



 そう、思わずには居られない。
 幾ら奪ったのが犯人だとしても、自分の子供すら守れなかった私を、私は赦せない。
 そんなこと、何時までしたって、優しい大輝や周りの人が困るだけなんだけどね。けれど、そうしなきゃ、やっていけなかった。

 そうする他、自分から逃げながら、尚且つ大輝を忘れずに居る方法が、見つからなかったんだ。



 かがんだ私は、墓石に手を乗せ、握り締める。そっと、柊子さんが抱きしめてくれた。
 その中で、私はみっともなく、泣き喚いた。


 ……想い出は、重い。
 少ないようで居て、私の中では多い。
 多分、私は安堵して忘れたくはなかったんだろう。見るだけでも辛かった、というのも事実だけど。
 アルバムがあるからと。想い出のものがあるからと。
 そういって安心して、自分の中から、大輝の想い出が消えることを、拒んだんだろう。

 悲しいことや苦しいことは、忘れるしかない。
 けれど、私は忘れたくなかった。
 悲しいことや苦しいことを忘れれば、大輝との想い出も消えてしまうから。
 忘れたい。忘れたくない。
 そんな想いがあって、私は今日まで、息子の墓に行くことを拒んだのだろう。

 ……ああ、もう頭の中がグシャグシャで、ワケが判らん。

 どうしても、剽軽な性格になってしまうのよね。
 本当は、泣きたいのに、つい癖でそうなっちゃう。
 そんな風に、誤魔化していたから、ずっとややこしかったんだろうけど。

 でももう、終わりにするから。
 だから、今だけは許して。
 大人でも、ワケ判んないほど泣き喚きたい時はあるんだから。


                     ◆


「さあ! 歩いてみました!」
「おー。で、何がある?」
「民家!」
「だよなあ」


 歩いても暇だった俺たちは、軽く漫才をしていた。
 やっぱり、山の中は何もない。途中、蛇がカエル丸呑みしようとして見事に池に落ちたけれど。それでも必死に泳いで、ちゃんと陸の上に上がっていたが。


「うーん、何も無いですね」
「山の中はな、待っててもないんだ。こっちから見つけに行かないと」
「おお、名言です。……ちなみに、それは誰の言葉?」
「……橘」
「……本当にわたしたち、外に出歩いたことなかったんですねぇ……」
「ホントな」


 フウは病弱だったし、最近までうちの学校の七不思議として居座っていたんだから仕方がない。が、俺の場合はどう考えても……友達が居なかったからとしかいいようのない。というか、作らなかった。
 あ。病弱で微妙に思い出した。


「今更なんだけど、義足で山道は大丈夫なのか?」
「ああ、平気です。この義足、相性いいんで」


「何時も使っている奴に、少し改良を加えた奴だそうです。お陰で、そこまで違和感ありません」と答えるフウ。ついでに彼女は念のために、杖も持っていた。
 成程。フウも、山に来るのが楽しみだったんだな。


「初めてだからねー。山に来るの。暇だけど、来て良かった」
「……そっか」


 嬉しそうに隣を歩くフウに、俺は軽く返す。
 フウが楽しそうなところを見るのは、意外と嬉しい。

「あ、でも、明日は暇じゃないみたいですよ! 近くで、お祭りがある
そうです。とても大きな」
「へー。道理で、二泊三日にしたんだなあ」
「だから! 今は今で全力で楽しまねば……」
「意気込むと転ぶぞー」


 そう返しながら、雑談を挟んで民家を沿って歩いていると。


「……ねえ、ケンちゃん」
「お、なんだ? 何か面白いもの見つけたか?」


 フウが、俺とは別方向を見て俺を呼んだ。てっきり、何か暇つぶしのものを見つけたのじゃないかと思った俺は、彼女の顔色に気付かなかった。
 フウが見ている方向は、上流にしては流れが緩やかな川。

 その傍に、男の子が立っていた。
 年齢からして、八歳か九歳ぐらいの男の子。普通にTシャツと短パンを着て、帽子を被っている。
 それだけだったら、まだ良い。近所に住んでいる子かな、と思うだけだ。




「……え」






 何故なら、その男の子とは、さっき、アルバムで見せてもらった、ダメナコの息子にそっくりだったから。







「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」


 俺たちの叫び声が、辺りに響く。
 蝉時雨は、まだ止みそうにない。



                  【続く】