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Re: 臆病な人たちの幸福論【3800突破感謝祭更新!】 ( No.323 )
日時: 2013/03/06 15:34
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

 大輝は、ダメナコに触れることが出来なかった。それだけじゃなく、ダメナコに、姿を察してもらうことも、出来なかった。


「ちょ、ちょっと待てよ! 視えねぇのかよ!?」


 グイ、と虎太郎が倒れこんだ大輝を抱き起こす。
 グダリ、とショックで崩れている大輝を見て、俺は柄にも無く願った。
 どうか、冗談でありますようにと。
 見間違い、聞き間違いでありますようにと。


「……さっきから何? 何か居るの?」
「……俺にも見えないが」



 ——けれど、その想いはあっという間に空振りした。




              蛍火の川、銀河に向かって【後編】


 チリン、と風鈴の音が鳴る。
 その音を、人は「涼しげ」な音だというだろうが、俺たちにとっては、寒気でしかなかった。
 この部屋には、俺とフウだけ。
 畳の上に座っているフウが、先刻のことを思い出していった。


「……どうして、見えなかったんだろうね」



『……もういいよ』


 大輝の声が頭に響く。
 あの言葉を合図に、俺たちは、ダメナコたちに大輝の存在を主張することを、諦めた。
 本当は諦めたくなかった俺たちに、大輝の笑顔が浮かぶ。
 あれを思い出すたびに——時が止まったのかと思った。
 それほどまでに、俺たちには、あの笑顔がショックだったから。


「……でも、仕方ねえよ」


 無意識に漏れた言葉は、残念そうな顔をしたフウに向けてなのか、それともまだ諦めがつかない俺自身にいい聞かせる為に零れた言葉なのか、良く判らなかった。
 けれど、今回ばかりはしかたがないと思う。
 今まで、こん睡状態の人を起こしたり、行方不明者を探し出したり悪霊っぽいものを見たりしたが、たったそれだけのことであって、別に俺は山にこもって修行していた霊能力者じゃない。
 何でダメナコや耕介さんには視えない理由なんて、検討もつかない。

 それに、大輝も、呆然としていたのは最初だけだった。
「お母さんたちに見えなかったり触れなかったりしたのは、すごく残念だけど、会えたからいい」そう大輝は照れくさそうに笑った。
 大輝は、そうやって納得したのだ。
 だから、仕方ない。本人がそれでいいといっているのだから。


「……でも」
「いつまでも辛気臭い顔するんじゃねーよ」


 ポン、とフウの頭を軽くチョップする。それほど痛みは無いはずだ。だが、ビックリしたのだろう。まさか叩かれるとは思わなかったようで、涙目になったフウは激怒した。


「何しやがるんですかー!?」
「お前がグズグズしてるからだろー」
「だからって叩いていいってワケじゃないでしょう!?」


 テヤ! と、俺の頭めがけて、同じようにチョップをかまそうとするフウを、咄嗟に立って避けた。
 ズテン! と、思いっきりフウが転ぶ。
「つった〜……」膝を軽くすりむいて痛いのだろう、フウは顔をゆがめる。なのに立ち上がって、リベンジを果たそうとする。


「諦めろ。お前と俺とじゃ、身長の差がありすぎる」


 俺の言葉に、フウはピクリと固まった。
 ちなみに俺の身長は一七五cm。フウはなんと一四七cm。身長の差は、二十八cmだ。


「……なんでこんなにあるの。というか身長伸びてない?」
「いや縮んだらマズいだろ……っていうかお前、出会った時より小さくなってないか?」


 そうだ。思えば初めて出会った時は、一六〇cmはあったような気がする。


「ああそれは……普通の女子高生になりたかったからでしょうね」
「どういうことだ?」
「霊っていうのは、魂がさ迷っているって思っている人は多いと思うんですけど、霊体っていうのは、魂の上に書かれてある『念』というのがあるんですよ。その人が生きた時の記憶とか想いとかを記録する役目があって、念を祓わなければ生まれ変わりが出来ないし、逆に強すぎたり、中途半端に念を失えば、魂は簡単に壊れてしまう。所謂、風船の周りにある重力でしょうか」
「『想い』が『重り』か……中々ハードの高いしゃれだな」
「でも、重力が強かったり弱かったりすると、風船の形は変わります。魂も、念が『こうありたい』って思ったら、変わっちゃうんです。わたしの場合は、『普通の高校生になりたい』と願った。だから身長も伸びたし」
「成程。それでお前、うちの学校の制服着てたんだな」


 長年の謎が解けた。どうしてフウがうちの学校の制服を着ていたのか、ずっと不思議だったのだ。
 ……ん? ということは……。


「大輝も、『成長した姿でありたい』って願ったから、あの姿になってるってことか?」
「まあ、そんなところだと思うよ」


 あっさり、とフウはいった。
 ……そうか、だからフウは一度も大輝が成長していることに触れなかったんだな。どっかで聞いた話では、幽霊というのは死んだ時のままの姿で居るとか、生きていて一番幸せだったときだったとか聞くけれど、実際はそういう方式だったのか。
 俺が一人で納得していると、フウはしょんぼりした顔で、柱にもたれながら、ズルズルと座った。


「人間と幽霊は、根本的なところから違います。死んでしまったら別のもの、ですからね……だからわたしだって、仕方がないって思ってるんです」
「にしては、納得していない顔だよな」
「だって!」


 フウが声を荒げた。
 はっとしたフウは、決まり悪そうに顔を背け、小さな声でいった。


「……不公平じゃない。わたしはこうやって幸せに過ごしているなんて」



 ああ、そうか。
 こいつは、自分が幸せだから、大輝に申し訳なく感じているんだ。
 同じ幽体だったのに、自分は皆と同じ『人間』になって、なのに大輝は実の両親には見えてもらえない『幽霊』で。
 自分だけが特別扱いだと思っているのだろう。だから、優しいフウはつい、思ってしまうのだ。
 大輝だって、自分のようになりたいハズだと。
 フウの気持ちも判らなくも無いので、どうしようかなーと頭をかきながら悩んだ。
 で、結局、取った行動が、フウにデコピンを食らわせること。


「ふぎゃ!?」
「あんなー。そもそもお前と大輝は違うだろ。生まれも育ちも全然違うし、お前だって実の両親には『会えて』ないじゃないか」
「そ、そういえばそうだけど……いやそれよりも叩いたりデコピンしたりする必要がありますか!?」
「お前だって足切断して俺がへこんでいた時、デコピンかましただろ」
「それとこれとは話が別……というよりわたしはまだチョップしてないんだけど!?」


 まだなのか。
 そう心の中で突っ込んだら、バッ、と立ち上がった。


「隙あり!」
「ちょ、おま——!」