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- Re: 臆病な人たちの幸福論【3800突破感謝祭更新!】 ( No.324 )
- 日時: 2013/03/06 16:44
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
俺のとめる声も虚しく、フウは俺の頭目掛けてチョップをかまそう——としたが、あろうことかこけて、俺のほうに倒れてきた。
どてん、とそこまで大きい音はたたなかったが、思いっきり倒れたお陰で、背中が痛い。
「っつた〜……」
「あ、ご、ごめんなさい!」
上に乗っているフウが、慌てて立ち上がろうと身体を起こす。時だった。
ガラ、と、ふすまが開けられた。
「フウちゃん、健治君。ちょっと頼みごとがあるん……だ……」
開けた張本人である柊子さんは、俺たちの姿を見て、ピキリ、と固まる。
俺たちはというと、仰向けに倒れている俺の脚の隙間にフウが馬乗りのような座っているような体勢だ。
つまり——第三者から見たら、アレだ。どう見ても、フウが俺を襲っているようにしか見えない。
「……ゴメンノックスルベキダッタネェ」
暫く固まっていた柊子さんは、やがて、ギギギ、とロボットような手つきで、棒読みしながら、ふすまを閉めようとした。
この時、俺たちの顔は、青かったか赤かったか、はたまたはどちらの色もしていたのか、俺たちはまだ知らない。
けれど。
「誤解だあああああああああああああああああああ!!」
二人して思いっきり叫んだのは、紛れも無い動かぬ事実である。
その時少しだけ、セミの鳴き声が止んだ様な気がした。
◆
やっとの思いで、誤解を解いた……いや、うやむやになっただけかもしれない俺たちは、柊子さんの頼みで、大輝と一緒に山の中を歩いていた。
『今まで大輝君が人に視えないなんてことなかったの。だから、柊子の代わりに聞いてくれない?』
そういわれた俺たちは、大輝の後についていくことになったのだが、しかし、俺たちは一体誰に聞くのか知らないし、その誰かが居る場所も知らない。ただ、大輝にいわれるまま歩いていく。
そうやって着いたのが、ここ。
「……井戸?」
「珍しいですね。つるべ式です」
隣で、フウが何でか嬉しそうな顔をした。
いやそれよりも、どうして井戸? まさかここが到着地じゃないだろうな。
「ここだよ」
聞く前に大輝があっさりと肯定した。
呆気に取られる俺をよそに、大輝は慣れた手つきで井戸の水を汲み、そしてその水をまた井戸に入れた。
ますます判らなくなった俺は、大輝に聞いてみた。
「なあ、大輝。一体誰に聞くんだよ?」
「ああ。人魚さんさ」
「人魚!?」
大輝の答えと、その答える際やけにあっさりしている様子に、ダブルで驚いたのは俺だけじゃなくフウもだった。
「芙蓉おねいさんって、僕は呼んでいる。もう千年以上は軽く生きてて、物凄く物知りなんだって」
「千年以上……」
『くれぐれも、ババアというなよ』
……あれ?
「……今、別の人の声がしませんでしたか? 女の人のような……」
フウも、さっきの声が聞こえたようだ。
俺も大輝に声の主を訪ねようとした時『ここだ。ここにおる』とあの声が制した。
声がした方には——いつの間にか、井戸の枠に少女が腰掛けていた。
少女は、十四、十五ぐらいだろうか? 群青がかかった黒い髪は、二つに綺麗に纏めてあるものの、先はフワフワとパーマがかかっていた。蒼の狩衣を着ているが、下は何も無く——代わりに、人の足ではなく魚の尾びれであった。
成程。人魚だな。
「芙蓉おねいさん、こんにちは」
『久しいな、大輝。……してそこに居るのは、美雪が話していた、健治と諷子と呼ばれるモノか』
「美雪?」
「あ、杏平さんと美雪さんのお知り合いですか!?」
芙蓉、と呼ばれた人魚の口から出た名前に、俺は首を傾げるが、フウの言葉ですぐに思い出した。
あ、フウが入院している時色々お世話になった人か。俺とフウを引き合わせてくれた人でもあった。全然会わないものだから、すっかり忘れていた。
『初対面とはいえ、私はお前らを知っているから自己紹介はいらん。
その様子だと……息災で過ごしているようだな』
「あ、はい! あの二人には、本当にお世話になりましたっ」
ガバ、と慌てて頭を下げるフウに、芙蓉は眉間にしわを寄せたままこういった。
『そんなに畏まらなくていい。お礼をいうのなら私じゃなく、他に居るだろう。……それに今回の目的はそのようではなさそうだしな』
芙蓉の言葉に、俺ははっと我にかえる。
そうだった。初めて人魚に会ったり人魚が俺たちのことを知っていたりして、色々とビックリして放心状態になっていた。
「あ、そのことなんだが——……」
自己紹介はいらない、といわれたが、後から礼儀抜きで話してしまった、と俺は少し後悔した。やはり衝撃過ぎることが多すぎて、自分の中のルールというか常識といか、そういうものが定まらずにいたのだろう。だが、不機嫌な顔をしている割には、芙蓉は意外と真面目に聞いてくれたので、とても助かった。
——……が、聞いてくれたからといって、問題が解決するかといえば、そうでもなかった。
『無理だな』
キッパリと、芙蓉は答えた。
『確かにお盆だとこの土地は、そこまで霊感を持ってなくても霊が視えるようになる。けれど、それにだって資質が関係ないわけじゃない。霊感を持って無くても視える奴と、視えない奴に分かれる事だってある』
「無茶苦茶苦しい設定だなそれ」
『作者が何も考えてなかったんだから仕方ない』
おい芙蓉。おい作者。ここでメタ発言するな。
「……でも、なんとか出来ないんですか? 本当に」
『くどいぞ、諷子』
それでも食いつくフウに、芙蓉は不機嫌な顔を更に歪めて、こういった。
『人間と死んだ奴は、もう違うんだ。出会うべきではないとはいわないが、本来、人が別のものと関わるのは、ありえないことなのだ。今までそれで平気だっただけで、今それを無理にしようと思えば、必ず何処か捩れが生まれる』
その言葉に、グ、とフウは言葉を詰まらせる。
「……でも、別れの言葉ぐらい」俺がそう続けようとしたが、芙蓉は遮った。
『生きていれば死ぬ。出会えば別れる。その時、けじめをつけれる時とつけれない時がある。別れを告げれない別れなど、山ほどあるんだ——それに、別れをいう時の辛さというものもあるであろう』
——この言葉に、今度は俺が言葉を詰まらせる番だった。
芙蓉は畳み掛けるように、問い詰めるように、俺にこういった。
『別れの言葉ぐらい、とお前はいったが。姿を見れば関わってしまう。言葉を交わせば情が沸く。その時、別れを告げなければならない時、辛いのはどちらだ?』
夏の暑さに、突如、氷水を頭からかけられたような寒さが入り込んだ。
それほどまでに、芙蓉の言葉は、俺を揺さぶった。
そうだ。俺は知っている。別れをいう怖さを。
フウが、正体を俺に知られて、怖くて逃げ出したことを。
今が幸せだったから、すっかり忘れていた。
出会えば、必ず別れがあることを。その時が、とても辛いことを。
昔、いつも感じていた恐怖が、今更になって強く突き刺さったような気がした。
人間というのは、凄くわがままなモノだ。
会えないときに、会いたい、と思うくせに、別れが来たときは、会わなければ良かったと後悔する。
どちらが不幸せか。そんなもの、俺に判るはずがない。
「……芙蓉おねいさん、僕は、もう平気なんだ」
言葉を失っている中、大輝だけが笑顔でいう。
「確かに、視て貰いたかったし、話をしたかったけれど。もう、お母さんとお父さんに会えた。僕の元へ来てくれた。それでいいんだ」
その笑顔は、特に無理している様子ではなかった。
「それでいいんだ」本当に、心の底からそう思っているような言葉だった。
結局、俺たちは特に何もせずに、帰ることになった。
フウは、悲しそうな顔をした。大輝は一人、優しそうで穏やかな顔を浮かべた。
俺は、辛かった。仕方ないと理解していても、納得できなかった。
そんな想いでふと後ろを振り向くと——芙蓉の表情に、俺はまた、驚いた。
芙蓉は、唇をかみ締めていた。
大きな瞳が、潤んでいるような気がした。
「(……芙蓉って奴は、本当は、大輝とダメナコたちを会わせたいんじゃないだろうか)」
千年生きる人魚は、知っているのだろうか。
別れを告げない別れのつらさを。別れを告げても辛い別れを。その時必ず伴う後悔を。
だから、あんな顔をして、強くいえたのだろうか。
芙蓉は、知っているのだろうか。