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- Re: 臆病な人たちの幸福論【3800突破感謝祭更新!】 ( No.326 )
- 日時: 2013/03/06 17:58
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
◆
「どうですか?」
「……凄い、女に見える」
「感想がそれですか?」
クルリ、と、浴衣を着たフウに一言いったら、フウがむっすりとした顔で返した。
いや、案外真面目にいったんだが。
白い下地に、朝顔が綻んだ浴衣は、フウに似合っていた。
今日は特に何も起きることなく、夕方になった。夕方から夏祭りが始まるので、フウは浴衣を着た。
俺も柊子さんにじんべえを薦められたが、普段着が良かったので丁寧に断った。その時凄く柊子さんは残念な顔をしていたが、見ないことにした。
ダメナコは耕介さんと一緒に屋台を周ることにしたらしく、俺たちとは別行動だ。ちなみに、大輝もダメナコたちに着いていった。——見えなくても、やっぱり一緒に居たいんだろう。
ドンドン、と祭囃子が聴こえてくる。喧騒騒ぎの中を、俺たちは歩いた。
楽しんでいる中、初めての夏祭りかもしれない、と思った。一人で居たときは、この中に混じることも億劫だったから。
周るたびに、楽しむたびに、楽しげな祭囃子を聞くたびに。
昔の悲しかったことや、寂しかったことが、ちらほらと思い出していく。
楽しいんだ。だからこそ、反動で暗くなってしまうのかもしれない。
芙蓉のあの言葉を聞いたから余計に、この時間はいつ終わってしまうんだろう、そう考えてしまう。
それは苦しいが、辛いわけじゃない。
寧ろ、あたたかい。
「……そっか」
「? 何かいった?」
心の中で呟いたはずだったのに、声に出していたようだ。
隣で不思議そうな顔をするフウに、「なんでもない」と返す。
余計に不思議そうな顔をするフウだったが、ヨーヨー釣りの屋台をみて、「あ、やってみたいです!」と目を輝かせた。
その姿は、小動物みたいで凄く可愛かったが——いわんでおこう。
カランコラン、と、下駄の音が喧騒から離れた夜道に響いた。
「いやー……楽しかったですねぇ」
「そうだなー」
帰り道、俺たち二人だけで、山道を歩いていた。危ないと思う人も居るだろうが、一応点灯がついているので安心だ。多分。
横では、のほのほと幸せそうに笑うフウが、楽しかったばかりいっていたが、口には出さないだけで俺も同じ気持ちだった。
「そういえば……この土地じゃ、そろそろ幽霊さんたちはあの世に帰らなくちゃいけませんね」
「……そうなのか」
「大輝君……寂しいでしょうね。ああはいっても」
フウの一言に、俺は黙った。
……寂しいと嘆くなら、感じなきゃいいと思った。
別れが辛いと思うのなら、出会わなくちゃいいと思った。
でも、今日、楽しいと思った時、反動に辛かった過去を思い出しても、何だかあたたかいものがこみ上げてきた。
その時、不意に思った。
自分は、幸せなのだと。
そう思ったら、一目散に走っていた。
「え!? ケンちゃん!?」
フウの呼ぶ声が後ろから聞こえたが、構いもせずに走った。
向かったのは、昨日いった井戸。井戸に向かって、俺は叫んだ。
「芙蓉! 居るなら返事しろ!」
『なんだ……。そんな五月蝿くいわんでも聞こえるわ』
井戸に向かっていったはずなのに、後ろから芙蓉の声が聞こえた。
暗くて良く判らないが、やはり昨日のように不機嫌な顔をしているな、と思った。
「芙蓉。大輝とダメナコを会わせる方法はないか?」
『お前もくどい。ないといってるだろう』
張り詰めた声。これ以上触れるな、という、神経質な声。
『それに、別れを告げたからといって——』
「それでも、会わせてやってくれ!」
『何でお前が偉そうにいうんだ。本人たちがそう望んだといったわけではなかろう』
「でも、見れば判る! 二人とも会いたがってる!」
『お前は何様だ——……』
辛辣な言葉を返されても、俺は引かないと決心した。
寂しいことは、悲しいことは、嫌なことだとずっとずっと思っていた。
それは、いつまでも変わらないだろう、とも思っていた。
けれど、今日を過ごして、辛かった想い出を思い出しても、そんなに嫌じゃなかった。
今が幸せだと判って思い出した時、嫌だった想い出は案外好きになっていたことに気がついた。
過去の受け取り方は、変わることが出来る。
傷は、ちゃんと癒えるんだということが判った。
それは、感じなきゃ判らないことだった。
やっぱり、俺はダメナコや大輝じゃないから、二人が何を考えているかは知らない。
けれど、あの二人なら、別れの辛さは辛くはないだろう。
何も知らないくせに、といわれたらそれまでだが。
俺は、そう二人を信じている。
『……あーもー!』
暫く会話は続いていたが、芙蓉が投げ出すように叫んだ。
『流石は、雪乃が進んで助けようとした奴だな。しぶとさと頑固さはあ奴にも負けん』
「……『雪乃』?」
聞いたことがある名前だった。
確か、元雪女だった人の名前だ。ひょっとして、芙蓉と雪乃は妖同士知り合いなのだろうか?
『私は黙っていたかったが——どうやら、蛍たちがいらぬお節介をしているようだ』
「あ……、居たぁ……!」
どういうことだ、と聞く前に、聞きなれた高い声が遮った。
「……あ、フウ!」
「もぉ……何で置いていくんですか……!」
ゼイゼイ、と荒れた息で不満をぶつけるフウ。
……しまった。フウを置いていってしまった。しかもフウは義足の上に、下駄であった! しかも走ったことがあまりないフウにとっては、とても無茶を強いてしまっただろう。
「ごめんフウ! というか、よくここが判ったな」
「ほ、蛍が……飛んでいたから、なんとなくここじゃないかなって」
「え……?」
蛍? そんなの飛んでいたか?
そう思った時、フワフワ、と、黄緑色の光が、飛んでいた。
「……ホントだ、蛍が飛んでる」
「時間的に……珍しいなあって、思った」
『ほれ、あっちを見てみろ、健治、諷子』
クイ、と芙蓉が親指で指した。いわれるまま、俺とフウは見に行った。
そこには、池があった。
「……うわ、凄い」
ただの池じゃなかった。ありえないほどの、無数の蛍が、水面の上を飛んでいた。その光が反射して、更に蛍の光が増えたように感じた。
その池に、人影が三つ。しかもそれは、知っているものの影だった。