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Re: 臆病な人たちの幸福論【3800突破感謝祭更新!】 ( No.327 )
日時: 2013/03/06 18:05
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)



                      ◆


 祭りもそろそろお仕舞いだから、耕介と一緒に帰路を辿っていた。
 一応点灯はあるものの、夜なので結構暗かった。だから見つけられたんだろう、フワフワと黄緑色の光が見えた。


「……蛍?」
「珍しいな、こんな時間に」


 もう時刻は十時近く。蛍は七時を過ぎると居なくなってしまうのに。
 しかもその光は、山道を歩けば歩くほど、増えていった。


「……ねえ、ちょっといってみない?」
「……そうだな」


 一体、この蛍は何処へ向かっているのだろう。気になった私たちは、蛍の後を追ってみることにした。
 フワフワ、フワフワ、蛍はどんどん増えていく。


 草木を掻き分けて、たどり着いた場所は結構大きな池。
 そこには、沢山の蛍が集まっていた。


「……凄い」


 ここまでの蛍の大群は、生まれて初めてだ。
 夫も、死んだ目を少しだけ煌かせている。


「(出来ることなら……)」


 この見事な蛍の大群を、大輝と一緒に見たかった。
 なんて、叶わない想いをつい抱いてしまうのは、夏の暑さにやられているからだろうか。それとも、さっきの祭りの後だったからだろうか。
 思わず自嘲が零れた、その時だった。




「……おい、見ろあれ」


 耕介が、珍しく上ずった声を出した。
 見ると、フワフワ、とした蛍が、ユラユラと、人の形を模してゆく。


「え……?」


 ビックリした。
 蛍の大群が、人の形をしてきた、だけじゃなくて。
 その姿は、亡くなった息子の影にしか、視えなかった。


「……大輝?」


 震えた声で、私は聞く。
 すると、蛍の大群は、コクン、と頷くように首の所が動いた。

 ビックリ、の次に、顔が紅潮した。
 目の奥が熱くなって、じんわりと、涙が零れた。



「……会いに、来てくれたの?」



 私が聞くと、蛍の大群は首を縦に振る。
 こんな不甲斐ない母親を。
 墓参りすら行かなかった母親を。
 ずっと、大輝は待ってくれたのだ。
 そう思うと、申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちが、沢山溢れてきた。

 ボウ、と下流の方に、灯篭の光が見えた。
 そういや、この地方じゃこの日、ご先祖様はあの世に帰るんだっけ。


「……もういくのか?」


 耕介の言葉に、大輝はコクン、と頷いた。


「……そう」


 出来れば、引き止めたかった。
 まだ、沢山話したいことがあるのだ。
 守れなくてごめんなさい、今まで墓参りにすらいかなくてごめんなさい、貴方との想いでのモノを捨ててしまってごめんなさい。謝らなくちゃならないことは、沢山あった。
 でも一番、いいたいことがあった。いわなきゃいけなかったことがあった。


「大輝」


 何時もだったら、照れくさくて、中途半端に誤魔化そうとしただろう。
 けれど、目の奥の熱さに押されて、素直にいうことが出来た。


「……大好きよ。愛してる」



 リンドウの花を届けたかったのは、私が好きな『銀河鉄道の夜』に出てきたから。
 それ以外の理由はなかったのだけど、今はそうしてよかったと、思ってる。



 ——暫く、私は、息子を亡くした悲しみから、逃れられないだろう。
 大輝との想い出は、重い。哀しくて、耐え切れなくなる時も、やっぱりあるだろう。
 それでも、私の中にある大輝の想い出は、これからも生きていくのだ。
 私と、一緒に。

 大輝は、蛍火とともに、銀河へ向かって旅立ってゆく。
 空へ、空へといっていく。
 大輝は私たちに向かって、「いってきます」といったような気がした。

 そういえば、大輝は亡くなる年の四月に、入学式を控えていたんだ。
 すっかり忘れていたわ。忘れたくない、忘れたいと思っているうちに、すっかり落としていた。
 生きていたら、玄関で毎朝、「いってきます」「いってらっしゃい」といっていたかもしれない。


 だから今は、こういおう。



「——いってらっしゃい」



           救われたような気がした

(別に、これといったことはないんだけれど)
(まだまだ、悲しいし辛いけれど)

(少し、進めたような気がした)