コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 臆病な幽霊少女【怠惰な女性司書編 三話更新!】 ( No.33 )
日時: 2012/10/16 19:14
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FIlfPBYO)

「……ったく、良く判らない」

「連呼しないで頂戴。地味に傷つくわ」

「アンタだけじゃねえっつの。……大人って、子供に何を要求するのか、さっぱりわからない」





 ——その、何気ない言葉が、私の胸を鋭く刺しました。




「こっちから話しかければ、『話しかけんな』っていってくるし。逆に話さなければ、『私を無視すんな』っていってくるし。ホント、どっちかにしろ」

「……誰にいわれたの?」


 私は聞いた。

 彼のいいたいことは、直感的にわかった。



 聞きたくない。

 でも、聞いた。聞いてしまった。













「俺の親だ」



 ——聞いてしまった。


「……昔はそれでも、声をかけていたんだけど。今は諦めて、いいたいことをいわせてる。

 昔と比べて、随分傷つかなくなっているけど……うんざりなんだよな」


 三也沢君は、冷めた目をしていた。


 ——その瞳が、あまりにも恐ろしかった。

 最初は、その瞳に興味を持ったのに、今はその瞳に怯えている。

 何で怯えているのか、自分でもよくわからなくて。

 わからないのが、更に怖くなって、暖房が入っているのに、凄く寒くなった。

 思わず、目をそらす。


 何か、いいたい。でも、私に何がいえる?

 何か、いわなくてはと思う。でも、本当にいっていいの?



 無意識に、ギュ、とスカートを掴んだ。


「……キミのお母さんは、今はそうだろうけど、昔は違ったと思うよ」

「……」

「だって、……半端の覚悟じゃ、産めないもの。子供のことを思わない親なんて、居ないと思うわ。すくなからず、昔はキミのことを想っているハズよ」



 遠い過去を思い出す。

 あの子を授けて、本当に嬉しかった。

 不可能っていわれ続けた私のお腹に、自分の血が流れている赤ちゃんがいたんだもの。

 主人も喜んでくれて、一緒に育てて。

 小さな手で、一生懸命私の手を掴もうとしてくれたときは、涙が溢れそうだった。


「……私も、五年しか子供を育てていないけれど、でも、たった五年でも、ずっとずっと息子のことを思っていた」


 同時に、私は憎んだ。

 息子を殺した外道も、息子すら守れず、のうのうと生きている自分も。

 息子を追放した、この世界も。


 全部、全部、憎んだ。



「キミが羨ましいよ」私は呟く。

「キミのお母さんが羨ましいよ」私は繰り返す。


 私だって、息子には生きて欲しかった。
 健やかに、のびのびと、優しい子に育って欲しかった。


 息子が見ていく世界を、一緒に見て行きたかった。














「じゃあ何で、息子の墓参りにいかないのか」


 あの子が、口を開いた。


「どうして、息子の冥福を祈らずに、周りを憎むんだ。

 アンタ、自分でいったじゃないか。子供を想わない親なんざいないって。……なら、何でおまいりに行ってやらないんだ。今日が命日なんだろ。命日ぐらい、いけよ」

「それは……」

 仕事があるからよ。こう見えても、忙しいんだから。

 そういおうとしたときに、バン!! と三也沢君が机を叩いた。


「三也沢君……」

「大切に想ってんなら、何で。
 ……どうして、会いにいってやらないんだよ! ちゃんと言葉にしないんだよ!」


 私は呆気にとられた。三也沢君の怒る姿なんて、初めてだったから。


「アンタ、羨ましいっていったよな!! 俺と、俺のバカ母が羨ましいって!!

 俺は逆にアンタが羨ましいよ! 死んでもなお、アンタに思われている息子が羨ましいよ!!」


 燃えていた。

 氷のように冷えた瞳が、燃えていた。


「周りを憎んで、何かのせいにすることを、アンタの子供は望んでいると思うか!? そんなわけねえだろ! いってやれよ!! 仕事なんて放りだしていけよ!! ちゃんとお母さんは覚えているよ、愛しているよ、っていってやれよ!!」






 ——その通りだった。本当に、その通りだった。

 私を、こんなにも苦しめている理由は、息子を失ったからじゃなくて。

 私が、弱かっただけなのだ。




 最初はとてもとても悲しかった。

 次に感じたのは、薄ら寒い『寂しさ』だった。

 ぽっかりと、心に穴が空いたそこから、冷たい風が吹いた感じだった。

 それが私にとって、一番の『恐怖』だった。


 ……同じ。同じなのだ。

 私も、三也沢君のお母さんも。

 自分のことに向き合わず、それを子供に押し付けているだけだったのだ。

 ……それを今度は、寂しさを埋めるだけに、三也沢君に押し付けようとしたのだ。

 それを認めるのが怖くて、私は三也沢君の瞳から逸らしたのだ。



 何て、醜いんだろう。


                      ◆


「お疲れ様でした、せんせー」

「はい、お疲れ様」

 雪が、ポツリ、ポツリと降ってくる。今年の初雪だ。

 雪ちゃんが去った後、私は奥の部屋へ行ってみた。

 開けてみると、冷たく、澱んだ空気が入ってくる。

 三也沢君にこの部屋の鍵を渡した後は、私はこの部屋を使っては居ない。













 あの日。

 もうそろそろ帰ろうとした時に、奥の部屋から三也沢君の声が聞こえてきた。

 最近、良く三也沢君が誰かと話している声が奥の部屋から聞こえてた。友だちでも作ったのだろうか、聞こえ出したときから、三也沢君は明るくなっていた。


 まだ居たのね、と思った私は、図書室の鍵を渡すために、奥の部屋へ踏み入れた。






 開けたとき、私は恐ろしさに固まった。

 三也沢君は、たった一人で、誰かに話しかけていたのだ。

 何か、嫌な予感がした。

 これ以上三也沢君を放っておくと、いけない。

 だから私はいったのだ。




「こんなところに一人で居ないで、早く帰りなさい」と。





 ……良く考えれば、あの日から三也沢君はここに来ていない。丁度良く、今期の図書委員の活動も終わっていたし。


 私は、間違ったことをしたのだろうか。

 余計なお世話だったろうか。

 彼を、傷つけるようなことをしたのだろうか。

 直接本人に聞けばいいのだけど、聞けなかった。
 ……確認するのが、怖かった。



「案外私も子供なのよね」


 ポツリ、と呟く。


 嫌なことから向き合わずに逃げて、間違ったことを誤魔化そうとする。

 ……大人になると卑怯になる、ってよく聞くけれど。


「私は、子供だわ」


 そう、子供なのだ。

 私は、臆病な子供なのだ。


 ただ、甘えたがっている子供なのだ。





         怠惰な女性司書は、紛らかす



(勝手に振り回して、無責任な言葉を吐いて、何も向き合わずに押し付けて)
(私たちは大人なのに、)

(子供に甘えるなんて、どうなのよ)