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Re: 臆病な人たちの幸福論【ダメナコルート完結!】 ( No.338 )
日時: 2013/03/20 23:08
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)



「なんていうか……随分古典的な……」

 物陰からこっそりと見ていたあたしは、ボツリ、と思わず零す。
 こんなバカなこと、まだする奴がいたんだ。しかも文章もいってることも無茶苦茶だし。聞いてるだけだが、すごく頭悪そう。奴らの腐った根性に怒りとか女の子に向けての同情とか、それよりもまず呆れる。
 ……なんて思うのは、第三者の立場だからで。あの集団は、明らかに女の子に対して敵意……というか悪意? いずれにせよ、向けられたら快い気分は絶対にしない。
 現に彼女の身体は、震えているんだから。

「……ちょっと、アンタら」
「何してるのかな、キミたち」

 …………。




「(あああああああああああああああああああああああああ——!?)」

 気づいた時は、時すでに遅し。
 あたしがあれこれ考えて見ているうちに、確かに一緒に物陰で様子を見ていた今井と佐藤が、かごめかごめの中に入っていってしまったのだ。

「ああぃf●y×k◇!?」

 いきなり声を掛けられたからビックリしたのだろう。男どもは、飛び上がって言葉にもならない声を出す。女の子たちの方も、男どもよりかは落ち着いていたが、肩がビクン、と上がった。
 気配絶っていたわ、あの二人。あたしも気づかなかったし。ホント何者!?

「ああ!? 何だよテメェら!」

 男どもの一人が、脅すように声を荒げていったが、見事に裏返っていたのでみっともなかった。
 すると二人は、妙なコントを開いた。

「いやいや、話を聞いてるだけでも、物騒な感じでしたので、正義の味方が飛び込んできたことですのよ。ねえ、奥さん」
「いやですわねえ。陳腐なことばかりいって、頭悪そうにしか見えませんわ。服装もダサいし、顔もダサいし、あれでカッコイイとか思ってるんでしょうねえ」
「本当、ハズかしいですわねえ奥さん」
「ええ、ほんっと。目障りだし耳障りだし、ナニをやってもダメダメなんでしょうねぇ。これじゃ、植物の方が役に立ちますわ」
「動かないけれど光合成をして、温暖化が進んでいる地球を救ってくださりますからねえ」
「(あのアホぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)」

あんな挑発的なこといってどうすんのよもぉぉぉぉぉぉぉ!!
 ——と、叫びたい。でも叫べないのは、決して臆病だからではなく、慎重だからなんだ、うん。
 ああもうほら、あの男ども怒っちゃってるよ!!

「ッ……テ、テメェらには関係ねぇだろうがババア!!」

 いきり立った男どもの一人が、荒々しくそういったのと同時に。

——空気が、凍った。

「……」

 ピュウウウウウウウ、と、炎天下のはずなのに、寒風が路地裏を通ったのは、気のせいだろうか。でも少なくとも、今井と佐藤の表情が、笑顔のまま固まった。

「……そうだね。私達には、関係がないかもしれない」
「でも、あたしたちの行動とテメェらにババアといわれることは——」

 この笑顔を見た時、あたしは確信した。
 二人は、絶対に何かやらかすと。ファンファンという警報どころかバンバンと頭の中で爆音のような本能が、必死にあたしの理性に響かせてくる。あの笑顔は危険だ、と。
 けれど、あたしはあの二人を止める度胸もないし、器もない。あたしが出来ることといえば——あのモノたちの冥福を祈るのみである。



「全く持って関係ねーだろ●●野郎がぁぁぁぁぁぁ!!!」


 バッコーン! と、気持ちよい音と叫び声が、路地裏で何度も響き渡った。

                      ◆

『ねえ、そこのアナタ。三也沢健治君っていう人、知らないかな?』

 若い人にしてはとても質素な、それでも上品さを匂わせる見知らぬ女の人の、突然の質問だった。
 最初に感じたのは、衝撃。その次は、彼女らに対しての疑い。

その次は、思い出したくない、想い。

 名前を聞くだけで、胸が高鳴ってしまう。
 名前を聞けば、顔を思い浮かべてしまう。そうすれば、身体が全身熱くなって、胸だけじゃなく、頬、目、手首や足首、首、頭、指の先まで、血管が通っている場所が、激しく、激しく叩きつけるように鳴る。
 そんな風になった時、次に来るのは、苦く、苦しく、辛い想い。

 あたしは、好きな人すら見捨ててしまうような人間だったのだと、思い出す。
 図書委員を辞めた三也沢君が、何かあって落ち込んでしまったのは明らかだった。図書室じゃなくても、普通に会えたハズだった。なのにあたしは、知ろうともせず、巻き込まれたくないからと、わざと避けた。
 すれ違う時も、これは錯覚、あたしはあの人のことを好きでもなんでもないのだと、そう嘘をついて。何度も何度も嘘を重ねて、誤魔化した。

 その嘘のたがが半分壊れたのは、初めて三也沢君がフウちゃんの名を口にして泣いた時。
 そして残った半分は、見知らぬ女の人に向けて咄嗟に「そんな人知りません」と返していた時。

 あの人は、現れた。

『久しぶりだな』

 そういって、ぎこちなく笑って。
 たがが壊れた時、あたしは、自分がついてきた嘘に、後悔と羞恥で、苦しくなった。
 それは、甘い感情を混ぜても、収まらない苦味。

 寧ろ、甘い感情が強くなるにつれて、苦味はどんどん比例して増えていった。

                    ◆

 数分後だったんじゃないかな。ついさっきまで女の子をいじめていた男どもが冥土に召されたのは。
 まさか、佐藤が雪崩式フライケンシュタイナー使えるなんて思わなかった。今井はグーと脚だけだったね。元ヤンだからだろうけど、攻撃力がパなかった。

「な、ナニよアンタたち……!」

 無様にやられた男どもと、鬼女の気迫に負けたのだろう。ガタガタブルブルと、いじめていた女の子たちは震えている。

「……安心しな。何もせず何もいわずに大人しく引き下がれば」
「命だけは保障するよ」

 命っていったあ!? 命っていったあぁ!?
 え、じゃひょっとして本当に男ども死んじゃってるの!?
 女の子たちは震えながら、それでも今井たちを睨んでいた。

「(——あれ?)」

 その時、何かが、陽炎のように揺らめいた。

「ほら、とっとといきな」

 女の子たちにたいして、今井は倍以上の睨みを効かせる。眼力に負けた女の子たちは、赤いメガネの女の子を一瞥してから、舌打ちして去っていった。


 頭が、フラフラとする。


「あ、あの……ありがとう、ございます」

 メガネの女の子が、恐る恐る今井のほうに駆け寄った。
 その姿が、だんだんと曇っていく。

「ああ、いいよ。怪我なくて」

 今井が答えた。けれど、今井の姿も曇っていく。

「……だよ。余計……しちゃったかも……」
「…え。…かり……した」

 声も、聴きづらくなってきた。
 その時初めて、あたしは気を失う寸前だということに気付く。

「(そういや、今日……お水飲むの忘れていたかもしれない)」

 ……いや、昨日から?
本当にショックだったんだ、フウちゃんと三也沢君が一緒にお泊りに行くことに。
 そういえば、お冷もパフェも殆ど食べなかった……っけ。


          気温35℃の炎天下

(バタン、とアスファルトの上に倒れた時、)
(ようやく、ビッショリとした汗に気付いた)