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Re: 臆病な人たちの幸福論【杉原ルート更新!】 ( No.339 )
日時: 2013/03/29 18:55
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

 小さい頃の、とてもとても辛いことといえば、自分の感情を否定されることだった。


『そんなことで泣くな』
『泣くなんて甘ったれ』


 ねえ、あたしは甘ったれなの?


『泣いて許されようとか、思うんじゃない』


 そんなこと思ってない。
 そんなこと、思うわけないじゃない。
 だって、ただ、ただ、ただ苦しいだけなのに。
 辛くて悲しくて苦しくて、止められないだけなのに。


『泣いて媚を売るとか、最低ね』


 媚なんて売ってない。
 出来ることなら、あたしだって泣きたくなかった。こんなみっともない姿、したくもなかったし見られたくもなかった。
 こんなことならいっそのこと、




 ——何も感じない人間でありたかった。



         【あの日を誇れるように ぱーとつー】


「……ら、……はら!」
「雪ちゃん、雪ちゃん!!」


 二人の声で、あたしは悪夢から覚める。
 ぼんやりと、視界は曇っていたが、二人の心配している様子は判った。


「あれ……? あたし」
「アンタ、熱中症でぶっ倒れたのよ、覚えてない?」
「だ、大丈夫!? 凄くうなされていたから、思わず起こしてしまったけれど……」


 濁った視界を凝らしてみると、ここはどうやらラーメン屋。
 そうだ……あたし、今井と佐藤と一緒に買い物して、その途中でリンチと遭遇して、それでお水飲んでないと思いながら倒れて……。


「おや、起きたのかい?」


 ここのお店の人と思われる美人なおばさんが、人の良い笑顔で聞いてきた。


「あ、はい! すみません、いきなり押しかけて……」
「いいんだよ、佐奈ちゃん。最初は何事かと思ったけど、友達が熱中症で倒れたなんて……というか、萌、アンタ佐奈ちゃんの他に友達居たんだね?」
「ちょ、母ちゃんそれ失礼じゃね?」





「……え、母ちゃん?」
「あ、二人とも初対面だね」


 呆然とするあたしに、佐藤がニコニコとこういった。


「この人、萌ちゃんのお母さん!」
「初めまして。萌がお世話になっているねぇ」
「……え」


 ええええええええええええええええええええ!?


「……そんなに驚くこと?」
「驚くわぁ!!」
「そんなにあたしと母ちゃんは違うか……?」


 うーん、と首を傾げる今井。


「……まあ、驚くのは判らなくはないけど。でも叫ぶ前に、挨拶挨拶」
「あ」


 佐藤の言葉に、我に帰る。


「すみません、杉原雪といいます」
「雪ちゃんね。中々良い名前だね」


 ニコニコと、ただ笑うおばさんは、やっぱり今井のお母さんだとは思えなかった。
 不意に、おばさんがかけている眼鏡を見て、あたしは思い出す。


「……あ、あの子は? ほら、かごめリンチに遭っていた」
「あー、優ちゃんね」
「……優ちゃん?」
「星永優ちゃんっていうんだって、あの子」


 どうやらあたしが倒れている間、自己紹介をしあったようである。……フレンドリー過ぎる佐藤のことだから、とっくに友人になっているかもしれないが——と思っていると、佐藤が少し目を伏せて、こういった。


「最初こそ、普通に自分の名前をいってくれたけど——なんであんな目に遭ってたの、って聞いたら、凄く怒っちゃって……」
「え?」
「アンタが聞いたんじゃないだろ。聞いたのはあたしだ」


 咄嗟に庇うように、今井がいった。
 ……今まで気付きもしなかったが、濃い化粧を付けた今井の顔が、泣きたいような表情に歪んでいる。
 要領が得なかったので、詳しい話を求めると、二人がそれぞれ話してくれた。



 あたしが倒れた後、あの場に居た三人は凄く驚いて、ひとまず今井の家であるこのラーメン屋に運んだ。そして一息ついて、とりあえず自己紹介をしあった。
 楕円形の赤眼鏡をかけた女の子——優さんは、あの場を助けてくれた二人にお礼をいい、そのお礼にあたしが覚めるまでここに居る、とまでいってくれたらしい。そこまでは友好的だった。
 けれど、今井が「何であんなことになっていたんだ?」と聞くと、優さんは黙ったらしい。
 顔を伏せて暫く何も話さなかったので、「おいって」と肩を掴むと、思いっきり払われた。
 呆然とする今井たちに、怒りで顔を真っ赤にした優さんは、店いっぱいに響くほど怒鳴った。


『なんや!! んなこと、あんたら関係ないやん!! 首突っ込まんといて!!』


 そういって、荒々しく、店を飛び出した——らしい。




「……無神経過ぎたよな、あたし」


 ポツリ、と今井が零した。


「そんな……私だって気になったよ。どうしてあんな目に? って、心配するよ」


 佐藤は気遣うようにいったが、今井は、声は出さず、唇だけ動かし、そして階段を走っていった。


「萌!」
「……ごめん、ご飯になったら教えて」


 慌てておばさんが今井を叱るような困ったような口調でいったが、次にきた頼りない今井の声に、おばさんはスウウ、と諦めたような表情になった。


「……ごめんなさいね、萌が」
「あ、いえ……」


 そんなことは、とあたしがいうと、困った顔をしていたおばさんが、苦笑いとも微笑みともつくような笑みで、こういった。


「お詫びといっちゃ何だけど、今晩御飯一緒に食べていって?」