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Re: 臆病な幽霊少女【怠惰な女性司書編 完結】 ( No.34 )
日時: 2012/10/19 16:04
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FIlfPBYO)
参照: この小説は、雰囲気小説です(いや何時もだけど)。雰囲気でお読みください

『参照三〇〇突破記念 【私と彼と優しい物語】』


 あれは、わたしの正体がバレる二日前のこと。

 ストーブがつき始めた、十二月の初めでした。

 何時も彼が読んでいるのは宮沢賢治の著書が多かったのに、その日は別の本だったのです。

 別に珍しいことではありませんでした。彼も、宮沢賢治だけではなく、色々な本を読んでいるのですから。


 でもその本は、わたしの見覚えのある本でした。


「その本……」

「なんだ、知ってるのか、フウ」

「うん、小さい頃から読んでいたお話です」



 そう。わたしが、結核に悩まされていた幼い頃。

 実はわたしには兄が居ました。病気がちなわたしを、何時も支えてくれた、優しい兄が。

 兄は作家でした。中々売れませんでしたが、沢山の優しい物語を作っていました。彼が持っている本も、兄が書いた話です。

 私は、兄が作る話が、大好きでした。病気の時、何時も兄の話を読んでいました。


 ただ、彼の持っている本だけは、好きにはなりませんでした。



「意外だな、この本の作者無名なのに」

「マニアな知り合いが貸してくれて」


 とっさに嘘をつきます。

 このお話が出来たのは、彼が生まれるずっとずっと前です。一応、わたしは彼と同じ歳という設定になっていますから、「わたしの兄が〜」なんていっちゃったら、辻褄が合いません。


「……あの」

「ん?」

「その本、正直いって面白い?」


 わたしが聞くと、「んー」と彼は唸りました。













 この物語は、桜の精霊が主人公でした。

 その桜の精霊は、人を食うという、何とも恐ろしい精霊でした。

 ある日、桜の精霊は娘に変身し、人の村に行き、人を食べに行こうと思いました。

 しかし、精霊は一人の青年に恋をするのです。

 青年は貧しく、村の人々から酷い差別を受けていましたが、とても優しい人間でした。

 青年も精霊に惹かれ、何時しかふたりは、共に行動するようになりました。

 ところがある日、青年は見てしまいます。

 それは、青年の両親が死んでいたのです。

 そして、その隣には、両親の血でまみれた桜の精霊が居ました。



 青年は唖然としました。

 桜の精霊は、妖しく笑って、「バカめ」といいました。


「私は、桜の精霊だ。人を食う為に、この村へやってきた」


 精霊は自ら正体と目的を明かしました。

 すると家が、燃え出していったのです。


「最後にお前を、口封じに殺してやろう」


 熱で意識を失いかけたとき、恐ろしい言葉が、耳へ届きました。



 気付いたときには、青年は家の外に居ました。

 家はもう既に焼け、あの桜の精霊も居なくなってしまいました。


 周りが灰まみれになった空間に。

 季節はずれの桜が、ふわりふわりと散っていました。














 ……こんな感じです。

 何だか酷く、虚ろな話です。

 描写もかなり抜けており、意味ありげな伏線も回収されず、お世辞にも面白いとは思えませんでした。

 どうして兄は、こんな酷い話を書いたんだろう。

 他のお話は、皆ハッピーエンドで終わっているのに。



 しかもわざわざ、わたしの好きな桜まで使って。


 そう訊ねたとき、兄は決まって、


『もう少し大人になったら分かるよ』


 といった。

 けれど、大人って何時頃になるのか判らなくて、そんな時まで待てなくて、そしてこの物語が納得できなくて。

 わたしは好きじゃないのに、この本をすれ切れるまで読んでいました。




 結局、今でもわからない。




 ……でも、今じゃちょっと思うんだ。

 兄は、わたしを煩わしく思っていたのではないかと。

 思えば何時も、兄の手をかけさせてしまっていた。

 兄はもっともっと、上を目指したかったと思う。小さい頃から、兄は小説家になりたいといっていた。無名のままで、終わらせようとは思わなかったハズだ。

 ……でも、わたしの看病で、執筆時間を短くせねばならなかった。


 兄は、わたしを憎んでいたのだろうか。

 ……夢を奪った、わたしを。















「……面白い話とはいえないけど、優しい話だとは思う」


 彼の言葉に、思わず耳を疑いました。


「それは、どういう意味ですか?」

 勢いあまって、彼の顔に近づきます。ついでにイスも倒れました。


「いや、あの……もう少し離れて」

「知りたいんです!!」


 彼の声を、意識しないままわたしの声がかきけした。


「……知りたいんです。どうして、そんな哀しい物語を書いたのか。

 他のお話は、ハッピーエンドなのに。どうして、その話だけは……」


 知りたかった。

 何故ならば、その作品が出来上がった頃、わたしの病気が悪化したせいで、兄の作家活動は終わってしまったのです。


 だから、知りたい。

 最後の作品に、兄が、何を託そうとしたのかを。




「……わかった」


 彼は、ふう、とため息をついた。
 何も知らないのに、彼はまるでわたしの心を見透かすような動作をさりげなく取ります。

 彼は、話してくれた。

「……最初に、青年は桜の精霊の正体を、知らなかった。これが一番重要なことだ。

 ちょっと省いて、両親が死んでいた場面に飛ぶな。その傍には血まみれの人食い精霊がいた。かなり独特な設定なのに、とっつけたようにここで生かされている。簡単に考えると、両親は精霊に殺されたと思うだろう」

「違うの?」


 わたしの質問に、彼はしっかりと頷いた。

「精霊はな、殺したんじゃない。逆に、止めようとしたんだ。二人が、自殺することを」

「……え?」

 桜の精霊が殺した、と思っていたわたしは、虚をつかれました。


「大方青年の家族が差別に見舞われていたのは、両親が何かしでかしたからだ。つまり、両親が居なければ、彼も巻き添え食らうことはなかった。

 幼い時期だったら、両親に依存しなければならないけれど、青年って書かれているんだから、もうコイツ大人だろ? 一人立ちできる歳だ。両親のことを知らない場所に行けば、差別から解放される。安定した職につける可能性も高くなるだろう。両親はそれを望んだんだな。けれど、優しい青年は、そんなことは出来なかった。両親と一緒に幸せにならなければ、意味がなかった」


 無意識に、息をのむ。

 回収されてなかった伏線の意味が、じょじょに判ってきました。

「だから、精霊を呼び出して、『息子を頼む』とでもいったのだろう。精霊と恋仲だったことはしっていたようだし、何よりも唯一、青年を差別せずに受け入れた相手だ。両親は、例え自分たちが死んで悲しんでも、精霊がそばで支えてくれれば大丈夫、と思ったと思う。

 自分たちは心中し、青年が遺体を処理しなくてもいいように、自動的に火がつくように仕組んだ。——けれど、青年が優しかったように、精霊もみずみずと両親が死んでいく姿を見たくはなかったのだろう。……止められなかったけどな」

「……」

「で、運悪く青年が来てしまった。誤解されると判っていた精霊は、

——それを逆手に取ったんだ」

「……と、いうと?」

「今、家は火がつく仕組みになっている。なら、早く外へ出してやるべきだろう。

 だが、優しい青年の事だ。きっと命が助かっても、『どうして俺は止められなかったんだ』とか考えるに違いない。そんな風に生きて欲しくなかった桜の精霊は、自分が両親を殺したことにして、自分を憎んでもらうことにしたんだ」

「じゃ、じゃあ何で、桜の精霊は消えたの!?」

 思わず、声を荒げてしまう。

 わたしが読んでいた世界が粉々に砕かれたせいか、凄く動揺したのだと思います。

 けれど彼は、態度を変えずに続けてくれました。