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Re: 臆病な人たちの幸福論【杉原ルート更新!】 ( No.342 )
日時: 2013/03/25 20:05
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

 激しい怒りが、前半で綴られる。
 けれど、後半からになって、怒りの言葉はなくなっていた。
 ただ、ただ、自分を卑下にするだけの言葉だった。





『僕が悪いんだ。こんな病気で、母さんたちの重荷になるだけ』

『姉さんだって、いつも寂しがってた。僕ばかり、母さんに構われていた』

『ごめんなさい。ごめんなさい』

『僕が悪かったのに。何で怒ってしまったんだろう』

『ゴメンナサイ』

『生まれなきゃ良かったんだ』

『そうしたら、姉さんも母さんも、もう少し楽に生きていけたのに』







『早く、死にたい』





 ペラペラと、めくる手は、どんどん重くなっていく。
 だんだんと今井は、弟の気持ちが、判ってきたような気がした。


『空は、どれほど辛かったんだろ。
 病気だけじゃなくて、孤独とも闘っていた。自分より、何倍も、何十倍も。でもそれを、一言もいわずに、抱え込んで逝ってしまった。
 全然、気付かなかった。弟がいじめに遭っていたなんて。こんな気持ちを、抱えていたんだって。
 あたしは好き放題やって、母ちゃん独り占めしている空を憎んだりして、周りに八つ当たりしたのに、空はそんなことしなかった——……』





「……凄く、泣きながら、泣きじゃくって、私に告白したの、萌ちゃん。
 凄く、後悔したって。憎んだことも、八つ当たりした事も、気付いてやれなかったのも、全部」


 佐藤の大きな目が、潤んでいた。


「何で、あんなことしたんだろう。人を傷つけることばっかしたんだろう。そもそも、空君に嫉妬して拗ねなければ、お母さんを困らせずに済んで、家庭の中では落ち着いていられて、きっといじめのことも話してくれたんじゃないかって……」


 だったらきっと、私も同罪だね、と佐藤が続ける。
 その言葉があまりにも抽象的過ぎて、よく判らなかった。でも、聡い佐藤は、鼻をすすってから、何でもないようにこういった。


「私ね、萌ちゃんが怖かったの。中学校に入って、不良になっちゃった萌ちゃんが、じゃなくて。『もうあの子に関わっちゃダメ』っていった大人たちが、怖かった。良い子ちゃんぶって、親友っていってた癖に……いざとなったら、ただの臆病者」


 親友なら、親友らしく、話だけでも聞いてやればよかったのに。
 そう呟いた佐藤は、明るいはずなのに、……いつもどおりのはずなのに、弱弱しかった。


「だからきっと、優ちゃんに思わず聞いてしまったのかもしれないね。萌ちゃんは。空君のことを思い出して」




 どうして人は、苦しいとき、苦しいといえないのだろう。
 佐藤を見て、思った。
 苦しいときに限って、言葉を省いたりしてしまうのだろう。
 苦しいとき、苦しいままに伝えられず、なんでもないようにしかいえなくなってしまうんだろう。
 誰かが何もいわなくても求めなくても、いってしまうほど苦しくて辛いことなのに。



 でもそうしないと、伝えられないのだ、きっと。
 そうやってきっと、佐藤は生きてきた。



「(……本当にあたしは、今井のことも、佐藤のことも、知らなかったんだ)」



 第一印象とは、程遠い彼女らの気持ち。
 あの第一印象は、守るための「嘘」だったのかもしれない。
 刺々しい雰囲気を纏わなければ、何も考えないようなキャラクターを演じなければ、心が折れていた、二人なのだと思う。
 そして、空君のこと。


 激しい、怒りと悲しみ。
 それは、あたしにも心当たりがあった。
 激しく怒ったり、溢れるほど涙したり。
 でも、怒りや悲しみは、いけないことだと教えられてしまった。
 大人たちに、そう囲われて。


 今井も、佐藤も、あたしも、空君も、
 その囲いを壊せるほど、強くもなかった。



               意識を失っていたときの夢を、不意に思い出した



(そしてその囲いに潰されてしまったのかもしれない)
(あたしは、そうなってしまったのかもしれない)