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Re: 臆病な幽霊少女【怠惰な女性司書編 完結】 ( No.35 )
日時: 2012/10/19 16:37
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FIlfPBYO)
参照: この小説は、雰囲気小説です(いや何時もだけど)。雰囲気でお読みください


「……人は、食べ物を食べなくなってしまったら、どうなる?」

「そ、それは……死んでしまう」


 当たり前のことだ。

 何かを食べなければ、生き物は必ず死んでしまいます。


「そうだろう。それと同じで、桜の精霊は、人を食していた。

 考えてみろ。わざわざ娘に化けてまで、村へ足を運んだんだぞ? お腹が空いているに決まってる」

「じゃ、じゃあ……」

「……死が、近かったんだろうなあ」


 ……決定的な、打撃だった。

 あまりの衝撃な意図に、わたしはガクリ、と膝を崩しました。



 ……きっと、彼の解釈は正しかろう。

 でなければ、ここまで辻褄が合うわけがない。一見無意味な設定も伏線も、大切な意味が込められているという証明までしてみせた。


 でも。


「……そんなのって」


 唇を噛む。鉄の味が広がった。

 そうしなきゃ、声も震えそうで、涙が出そうだったから。


「そんなのって……あんまりにも残酷だよ」

「そうだな」


 間髪居れずに、彼は相槌を打った。

 でも、と彼は続ける。





「——とても、優しい話だと想う」



 彼は笑って続ける。


「確かにすれ違いは怖いけれど、さ。こんなにも想いあっていたんだ。

 憎まれてもいい、それで幸せになれるなら。……そんな風に人食いの桜の精霊が考えられたのは、優しい青年に出会えたからだと思う。

 ——って、ダメナコがいっていた」

「……へっ?」

「だから、ダメナコ。司書だよ、司書」

「……ああ、あのコーヒー先生ですね」


 最後らへんで、拍子抜けしてしまった。

 なんだ。自分で考えた意見じゃないんだ。

 ちょっと尊敬して損したよ。



「……ダメナコな、一度、この作者にあったことがあるらしい」

「え!?」



 本日二回目の驚き。



「もう晩年近かったらしいけどな。ダメナコもこの話の意図が気になって考えて、合ってるかどうか聞いてみたんだと。そしたら、充分に丸だって」



 ふ、ふぇぇぇぇぇ……。

 言葉に出来ない驚きです。

 お兄ちゃん、ちゃんと長生きできてたんだ……いやそういや、うちの敷地を売って学校にしたの、お兄ちゃんだっけ。そこらへんあんまし覚えてない。





「……この話はな」彼は続ける。


 わたしは、今日と言うこの日で、多分一番衝撃的なことを聞かされた。










「……作者の、病気がちな妹の為に、考えたらしいんだ」






 ああ、今日で何回。

 わたしは、思考が止まった?





「へ、へぇ〜、そうなんだ」


 それでも明るく、わたしは相槌を打つ。

 そう、彼は知らないハズだ。わたしが、この本を書いた人の妹だなんて、知るはずがない。

 けれど、あまりにもピンポイントだったので、わたしはバレたのかとドキドキした。


 ——でも、それ以上に。

 兄が、この本をわたしの為に書いてくれた、ということに驚いた。


「……『憎んで欲しかった』ってよ」

「……え?」

「『自分は妹の為に尽くしてきた。苦しむ妹の姿を、見たくはなかった。可能の限り、頑張ってきた。

 ……だが、聡い妹は気付いていただろう。私たちが、あの子を重荷に感じていたことを。

 けれど、優しいあの子は私を憎まなかった。何時も笑っていた。

 ……それが私、いや、家族みんなが、苦しかった。どうせなら憎んで欲しかった。

 だから私は。この話に、私の意思を託した』……て。

 ホントは、誰にも告げずに居るつもりだったけど、まだ読む人が居るとは思わなかったから、ダメナコに意図を教えようって気になったってよ」





 ——そんな。

 ありえないよ。

 だって、あんなにも必死に隠し通してきたのに。

 笑って、誤魔化してきたのに。

 なのに。どうして。


 憎まれるべきは、お兄ちゃんの夢を奪ったわたしなのに。




「……最後に、だ。季節はずれの桜が散っていた、とある。これは、涙だったんじゃないかって、僭越ながら俺は思ってる」

「涙……?」


 マズイ。

 彼が話す飾り気の無い言葉は、真っ直ぐにわたしの胸をつく。

 その途端、わたしは泣き出してしまうんだ。


 まだだ、まだ泣けない。

 まだ全て、聞いていない。

 彼は一呼吸置いて、いった。


「だって、そだろ? どんなに憎まれてもさ。どんなに憎んでいてもさ。……やっぱり、自分の本心を知ってもらいたいって思うんだよ。

 ダメナコも、自分も元親だったから、……青年の両親のその気持ちは、判るっていっていた。俺は、親から愛情を貰ってないし、親になったこともないから、この青年の両親の気持ちは判らないけど。わざわざ憎まれ役を買って出た桜の精霊の……判ってもらいたい、判りたいって気持ちだけは、判るんだ」


 そして彼は、泣き出しそうな笑みで、いった。


「そんなことをしても、傷つくだけだって、判ってるんだけどなあ。それでも、本心を隠しとおせない……だから、泣いたんだと思う、桜の精霊は」



 その言葉を聞いて、ついわたしは桜の精霊と、兄の姿を重ねた。

 わたしのことを思って自ら夢を捨てた、あの優しくて大きな兄を。



 ……兄だって、判ってもらいたかったんだ。自分の夢を、自分の想いを。

 だからわざわざ、こんなお話にして、わたしへのメッセージを贈ってくれたんだ。




 ああ、もう。


 彼は、わたしの心をあっという間にほぐしてしまう。

 勘違いと思い込みで埋めつくされていたわたしの心を、正直にしてくれるんだ。



「限界だ……」

「え、ちょ、何で泣く!?」


 ポロポロと、わたしは泣き出す。

 知らないよ。

 ただ、悲しくはないよ。苦しくないよ。

 嬉しくて、幸せで、零れてしまうんだ。


 ……ケンちゃんには、わからないでしょうけど。


 慌てるケンちゃんが面白くて、わたしはブンブンと首を振りながらいった。



「知らない知らない知らないもん! 全部、ケンちゃんのせいですから!!」

「え、俺!? だってフウが知りたいっていうから話しただけで……」



 面白いなあ。反応が。何て、若干楽しんでいた。



 ポスン。



「……え?」


 わたしの頭が、彼の胸にぶつかりました。
 


「……泣きたいときは、泣けばいい」


 うつぶせ状態になっているからか、くぐもった声に変わっている。

 トクントクン、と彼の心臓が聞こえてきた。




 羞恥は、結構ある。だって、抱きしめられていると同じでしょう?

 その中で、泣くなんて、すごく恥ずかしい。



 ……ああ、でも。



「(……やられちゃった、なあ)」




 何でか安心して、大声で泣き出せるんだ。









「うわあああああああああああああああああああああああああん!!」











 ……皆がわたしの為に尽くしてくれたのが、嬉しくて。
 自分を犠牲にしてくれたことに……わたしはとてもとても悲しかった。

 そこまでされるから、何時かバッサリ捨てられるんじゃないかと、心配したんだ。
 だから、怖かったのに。


 そんな皆は、わたしを心配してくれたんだ。


 ごめんね、お兄ちゃん。疑って。
 そして、ありがとうね。



 ごめんね、ケンちゃん。困らせて。
 でも、このままが嬉しいんだ。このままが、落ち着くんだ。


 だから少しだけ、時間をください。



 心の中で呟いたそれは、彼の右手が応答してくれたのを、わたしの髪が受信しました。





                     残酷だけど、優しい物語

(わたしが、幸せ者なら)
(きっと桜の精霊も青年も、幸せだったんだろう)

(哀しく残酷だけど、優しいハッピーエンドを、わたしは好きになれた)