コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 臆病な人たちの幸福論【『ぱーとつー』更新!】 ( No.355 )
日時: 2013/04/03 18:42
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)



「……良く、あたしは人を殺さずに済んだよ。ホント」


 ポツリ、と今井はいった。


「自分の部屋ですやすやと寝ている空を見て、首を絞めて殺そうって考えたこともある。流石に、そう思った自分が恐ろしくなって、空の傍を離れたけど……」



 ——そんなことを考えるまで、彼女は、追い詰められていたのだ、とあたしは思った。
 前、三也沢君がいっていた。「人は、苦しすぎると、大切なものもどうでも良くなって、苦しいことから『逃げる』ことしか頭に無いんだ」と。
 その為には、手段なんて問わない。元々、苦しいことから逃げる方法がわからないから、更に苦しむのだ。
 そんな人間は、極端な方法しか取れなくて、しかもその時、「本当にこれでいいのか」と冷静に考える余裕も既にないのだと。


 それほどまでに、今井の過去は、地獄だったのだ。
 聞いているだけのあたしには、それがどんなに痛いのかも想像できない。




「……ねえ、雪。あたし、どうすれば良かったの?」


 今井が、苦笑して、——何かを求めるような目で、こういった。


「判ってる、こんなの雪に聞いたって意味が無いことくらい。原因だってわかってるんだ。怒っちゃだめだったんだろうな。憎んじゃダメだったんだろうな。だって皆、辛かったんだから。
 でも、あたしも苦しかったんだよ。辛かったんだよ。誰かに助けて欲しかったんだよ……でも、どうすればいいのか、わかんねーんだよ、今も……どうやったら、全部丸く収まったのか、って判んないんだよ。あの復讐は、正しかったって、どうしても自分を正当化しちまうんだ……」


 そして、もう一度、今井は聞いた。


「本当に、どうすれば良かったんだ……? 空の時も、雪の時も、星永も……行動すればするほど、あたしは誰かを傷つけてしまうの……?」


『首突っ込まんといて!!』


 そう、優さんは叫んだと、佐藤はいった。
 きっと、今井は、沢山辛いことがあって、でもその分自分なりに考えたのだ。
 でも、一生懸命考えて取った行動は、何時も裏目に出て。


「(きっと、あたしの絵を破ってしまった時も、今井は苦しんでいたんだ……)」


 あの時は、自分のことに手一杯で、今井の事なんて考えもしなかった。
 つまりは、そういうことなのだ。今井が、ヤンキーだった時に取ってきたことは。
 あたしも、今井と同じようなことを、無自覚にも、無責任にも、取ってきていたんだ。



 だから——どうしても、その問いだけには答えたかった。
 答えたかったのに、言葉が出なかった。
 確か、頭の中には考えていたことが沢山あったハズだ。でも、いざいおうとした時、喉には何かが詰まって、言葉に出来なかった。その間に、考えていた言葉は、消えてなくなってしまった。



 食事の間、本当に、静かで。
 その間も、あたしは必死に考えた。
 何ていえばいいのか、どんな言葉だと今井を傷つけず、励まして、慰めることが出来るのか。
 料理の味が判らないほど必死に考えたのに、あふれ出てくるのは、痛みにも似た感情だった。


 そして、完全に暗くなる前に、あたしと佐藤は今井の家を出た。
 少しだけ、熱さが和らいだ帰り道を一人歩いて、やっぱり考えることは、今井にあの時なんていえばいいのか、それだけで。


「(自分から「話していいよ」といっておいて、聞かなきゃ良かった——……なんて)」


 本当に無責任な話だと、あたしは思った。
 だって、考えればすぐに判ることだった。弟のことを聞くときに、もう既に判っていたはずだ。
 今井にも、とても重くて、辛くて、悲しいことがあったことぐらい。