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Re: 臆病な人たちの幸福論【『ぱーとすりー』更新!】 ( No.357 )
日時: 2013/04/06 22:36
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

『参照4444突破記念 ss』


(※『蛍火の川、銀河に向かって』のその後)





 夏祭りの喧騒は、すぐ隣にあったはずなのに。
 ただ、そこには、川の水の音だけがあった。


「いってしまった、な……」
「うん……」
『……全く、どいつもこいつも、世話焼きが多い』


 蛍の大群を見届けた俺たちは、静かに、ほっと息をついた。
 少し後ろでは、千年も生きた人魚が、棘のあるような口調で呆れていた。


「でも、アンタもわざわざ見届けてくれたろ」


 じゃなきゃ、そそくさと帰ってるはずだ。
 ありがとう、と続けると、芙蓉は少し間を置いてから、長いため息をついた。


『……これだから、人というのは面倒くさい。……関わろうと思わなくても、関わってくる』
「……」
『それを不幸と思ったり……そうではないと思い直されたり……そんな年月が、幾度過ぎて気付いた。そういうものなんだろうと』


 千年生きた人魚は、語る。
 水面に写った満月と、その傍で、泣き崩れている夫婦を見て。


『そうやって私は、まだ、ヒトに振り回され、喜ばされ、……突き放されるのだろう。
 動じぬことなど、できやしないさ』


 悲しむことも、嬉しさを覚えることも、きっと、これからも、そう感じていく。
 どんなに年月が過ぎても、自分も、ヒトも、懲りることなく、それを繰り返してゆく。


「……そうか」
『ああ、そうだ』


 俺がいうと、力強く、芙蓉は返した。
 そして、一言別れを告げ、闇に溶けていった。


 暗い、暗い、闇の中。
 ここにあるのは、水の音と、辛そうに、それすらもくるめて暖めてしまうような、そんな優しい微笑みを浮かべている少女。

 どうして、彼女が辛そうな顔を浮かべているのか、それは判っていた。
 フウは、優しいのだ。自分の幸せは頭には無くて、なのに他人の幸せの為に翻弄して。
 何故彼女がそうするのか、俺には判っていた。
 彼女は、優しいから、寂しさを紛らすことが出来ないのだ。
「寂しい」と素直にいえば、人を困らせてしまうことを、フウは感じていた。病弱だったフウは、それはとても重要だったのだ。
 家族に沢山の苦労をかけたと感じていたフウは、「寂しい」などいえなかった。
 そして、苦労の原因である自分が「生きる」ために、少しでもみんなの役に立ちたかった。
 彼女は、好かれようと、愛されようと思ったわけではない。
 嫌われないように、憎まれないように生きたい、と思ったのだ。
 それは、フウの美点ともいえるところだろう。


 ……でも。


「(そんな風に、笑わなくて良かった)」


 そんな風に、無理に、笑わなくても、
 誰も、褒めも責めもしないのに。
 誰かに好かれることも、嫌われることもないのに。



「……ケンちゃん?」



 ソプラノの声で、はっと、我に帰る。
 やっぱり、心配している顔で覗き込まれていた。
 今、俺は何を考えていた?
 何を求めていた?


「……いや、なんでもないよ」


 何度、フウに対していっただろう。
 何度、自分にいい聞かせるようにいっただろう。



 なんでもないわけ、ない。
 今俺は、確かに、想っていた。



 そんな顔をしないで。
 そんな顔をして、また消えないで。
 折角掴んだのに。もう離さないと想ったのに。
 やっと、フウを——自分のモノにしたと、想ったのに。



「(……とんだ、情けない男だ。俺は)」


 フウは、自分のモノではない。
 フウの人生は、思考は、身体は、フウのモノだ。
 判っている。本当は、判っているのだ。

 フウが、大輝のような、愛されていても逝かねばならなかった人間に対して、負い目を感じて同じように逝こうとしても、逝かなくても。
 結局は、何時か、離れてしまうことぐらい。

 どんなにその時を先延ばし出来ても、来てしまった時、先延ばし多分悲しい想いをすることぐらい。



「(……こんな想い、フウには知られたくない)」


 そう、強く想った。
 そう想うなら、フウの気持ちも、判るハズなのに。
 どんな想いで、彼女が辛くても笑っているのかを、知っているはずなのに。

 想いは、伝えるつもりもなかったのに、ただ、身体はフウを求めた。
 しがみつくように、みっともなく、フウを抱きしめる。


「……ケン、ちゃん」


 耳元に、彼女の息がかすかにかかった。その時、熱さと、全身が心臓のように脈打つ。
 血管が、引きちぎれんばかりの速さで。
 でも、それでも、フウの身体を離すことは出来なくて。

 いわない、伝えない、と決めたのに。
 本能のままでいれば、きっと、色んなことが判ってしまう彼女には、何もかも悟られてしまうのに。
 けれど、フウが身体を固めながらも、そっと、俺の背中に手を回してくれたことが、その指先から伝わる体温が、どうしても。
どうしても、離したくない、と想った。




        ほてった身体を、夏の夜風が冷まそうと




(そんな風に、吹いていた)
(でも、)

(その風が吹くたびに、脈は大きく速く打つ)