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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『健治と諷子ss』更新!】 ( No.358 )
- 日時: 2013/04/17 23:05
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
それは、雪のように真白な世界だった。
いや、これは、雪なのかもしれない。
ただ、あまりにも真白で埋め尽くされていて、あたしには、どうしても、雪には見えない。
どっちかといえば、そう。お通夜の、白布のような。
『雪ちゃん、ほら、雪ちゃん』
そんな時、もう、うろ覚えでしかない、母の声が聴こえた。
母の顔は、影があって見えなかった。それでも、口元は笑っていることがわかった。
『ほら、——ちゃんと遊んでおいで』
名前のところだけが、聞き取れない。
『しっかりなさい、お姉ちゃんでしょう?』
——お姉ちゃん? あたしが?
そう想って、後ろを振り向いた時。
『お姉ちゃん!!!』
三也沢君を幼くしたような子が、そこで笑っていた。
【あの日を誇れるように ぱーとふぉー】
は、と目を開ける。
飛び込んできたのは、カーテンの隙間から漏れた光。どうやら、家の前を通った、車の光らしい。
ゆっくりと、重くだるい身体を起こして、あたしは頬を拭った。
全身は熱く、汗でびしょぬれだった。
まだ、外は暗い。時計を見ると、午前五時近くである。
二度寝する気分じゃないあたしは、汗を流す為に、風呂場に向かった。
「(夢にまで見てしまう、なんて……)」
上から降ってくる大量の水を浴びながら、あたしは心の中で、自嘲する。
どうやら、本当にあたしはどうかしているのだ。
——いや、本当にどうか、しているのだ。
◆
事の始まりは、目を覚まさないフウちゃんの為に、油絵を完成させようとしたのがきっかけだった。
それも、母さんの為に描いた、未完成の桜の絵。
母さんの名前は、桜だった。
そしてその名の通り、桜が大好きだった。
仕事が忙しい母と、二人だけで桜を見に行ったことがある。
だだっ広い草原に、ぽつんと立った、大きな枝垂桜。
仕事の疲れなのか、頬がやせ疲れきった母の横顔を、綺麗に引き立ててくれた、あの綺麗な桜。
思えば、あれが最後の、母との想い出だった。
『お父さんには、内緒だよ?』
そういって、笑う母と過ごせることが、あたしの胸の鼓動を早くした。
あの時に、あたしはもう一度、戻りたくて。中々会えない母さんと、あの時一緒じゃなかった父さんと、三人で。
だから絵を描こうと思った。勉強も運動も人並みだったあたしが、唯一褒められたのが絵を描くことだったから。
それだけは、あたしの、唯一の誇りだった。
ある日、桜の花びらを描く為の油絵の具が、底をついた。
仕方が無かったあたしは、一人で買いに行くことにした。その時には、母さんはいた。
買いに行って帰ったとき、父さんは泣いていた。
どうしたんだろうと、お父さん、と声を掛けようとして、止めた。
父さんが座っている席には、紙があった。
あの時は難しい字が多くて、よく読めなかったから覚えていない。
けれど、最初に大きく書かれていた『離婚届』という字だけは、わかってしまった。
親が離婚してから絵を描くことを止めたのは、お金が理由でもある。
でも、もう一つは、悟ってしまったのだ。あたしには、何の力も無いんだと。
唯一、褒められたのは、絵。
でもそれが一体、なんの役に立つの?
お金になることは殆ど無い。寧ろ、お金を減らしてしまうモノ。
この特技は、何の役にも立たない。
誇れるものが、あると思っていた。でも、違った。
元々から、誇れるものはなかったのだ。
そう想ってしまえば、もう、何もかもが灰色になった。
辛いことも、嬉しいこともない日々になった。だるさが残る日々ではあったけど、まあ、それぐらいは、と思った。
おかげであたしは、泣きたくなることも、悩むこともなくなったのだから。
早く自立しよう。父さんを見て、そう思った。
自立して、父さんを楽にさせるんだ。子供の心配なんてさせないように、あたしがしっかりするんだ。
そうやって、中学校生活は過ごしてきたのだ。