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Re: 臆病な人たちの幸福論【『健治と諷子ss』更新!】 ( No.359 )
日時: 2013/04/13 22:23
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)




 ……でも、そんな日々にも飽きてきた頃、三也沢君に会って。
 初恋というのを実感した時に、あたしは既に彼には振り向かれないのだろうと判った。
 そう、頭では理解していても、納得はしてなくて……。

 三也沢君が好きなフウちゃん。フウちゃんは桜が好きだと知ったときに、あたしはあの絵を見せたいと思った。
 ……いや、違うな。
あたしは、三也沢君に振り向いてもらいたかったから、行動を起こしたんだ。
認めてもらいたかった。せめて、「何かが出来る人間」に。
 下心で、不純な理由で、あたしは行動を起こしたんだ。





 そして、やっと、未完成のままだった絵は完成しようとした。
 時間も惜しかったから、あたしは学校でも描ける様ダメナコせんせーに相談して、図書室の中にある小さな部屋を貸してもらった。
 勿論家でも描けるように、学校が終わったら、キャンバスを抱えて、家に帰っていた。

 ある日、帰り道、今井に声を掛けられた。


『杉原! お前、今日カラオケ行くよな?』
『え? あたし行くつもりないよ?』


 絵を描くつもりだし、という言葉は、今井の言葉に遮られる。


『……なあ、杉原。お前最近、付き合い悪いよな?』



 その声は、何だか挑発的で、あたしも思わず挑発的な態度で返した。
 そこから口げんか勃発。その時何をいったのか、何をいわれたのか、あまり覚えていないけど……。


 酷い事をいったような気がする。
 酷い事をいわれたような気がする。


 具体的な説明を求められたら説明出来ないけれど、思い出そうとすれば、辛くなる。だから、傷ついたということだけは、理解できた。




『もう、帰らせてよ!』



 いい加減にして、うざい、という気持ちを込めて、パシン、と手を振り払った。



『おい、待てよ!!』



 グイ、と今井があたしの身体を引っ張った。


 ——それが原因だった。
 不吉な音を立てて、精一杯描いた絵が、破れたのは。


                 ◆


 キュ、と、栓を閉めて、あたしはため息をつく。
 あの時のことを思い出すと、上手くいえないが……死にたい気分になるのだ。




「(……まあ、それが原因で、今井とも仲良くなれたわけなんだけど)」



 悪いことばっかりではないことは、重々承知だった。
 判ってるの。
 今が幸せなことぐらい。そして、そんな幸せな中の不幸を嘆いて、一緒に、幸せなことも恨むことが、どれだけ罰当たりなことか。



 絵が破れた後、ショックで引きこもっていたあたしに謝りに来た今井。今井の話経由で、皆でその桜の絵を描こうという話になって、その指導を、父さんが任された頃。
 あたしはふと、父さんの横顔が、誰かに似ていることに気付いた。


 かなり、頬がやせ細って、青白いけど。
 髪はボサボサだけど。
 目つきも、ずっとずっと鋭いけれど。


 でも、その「似ている人」は、誰だか判らなかった。




 父が任されて数日、連続で休んでいた三也沢君が、登校して来た。
 図書室中桜の絵で驚いた彼の顔を見て、あまり顔に出さない父が、かなり驚いた表情になった。



『……彼は?』
『え? 三也沢健治君だよ?』


 あたしがいうと、父は更に驚き、目を見開いた。
短い沈黙を置いて、そうか、と、頷き、そして、かすれた声でいった。