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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『健治と諷子ss』更新!】 ( No.360 )
- 日時: 2013/06/02 14:20
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
『……大きくなったなあ』
その言葉を、あたしは聞き逃さなかった。
父に、その意味を尋ねようとしたけど、父は口に出したつもりはないようだったから、止めた。
代わりにあたしは、三也沢君に聞いたのだ。
『三也沢君のお父さんって、どんな人だった?』
朝早くにそんな問いが振ってくるとは思いもしなかっただろう。彼は目を瞬かせ、何の感情を込めることもなく、知らない、と答えた。
『俺が父親と顔を合わせたのは、物心つく前だからな』
『……どんな人かも判らない?』
本当は、彼のお母さんの話が聞きたかった。
けれど、彼は母さんを嫌って——いや、憎んでる。
彼の古傷に直接触って、嫌われたくは無かった。——嫌な女、あたし。
よく覚えていない父親のことを聞くことすらが、そもそも酷い行為なのに。
『……あー、母親の罵詈雑言の中にあったな。俺にそっくりで、画家だったんだと』
『……画家?』
ピクリ、と何かが動いた。
ひょっとしたら、父と三也沢君のお父さんは、友人関係だったのかもしれない、と。
『ああ。それ以上は聞いたことないけど……『折角私がお金を出してあげたのに、あの男はあの女の下に転がり込んだ!!』とか、何とか聞いたことがあるな』
——一瞬、そうやって笑った三也沢君と、
父の顔が、重なった。
あたしはまさか、まさか、と、その事実を否定しながらも、内心動揺した。
『……へー。でもそれにしちゃ、三也沢君って核兵器並に酷い絵描くよね』
『う、うるさいなあ!』
けれどそれを悟られたくなかった。明るく、茶化すような口調で、あたしは続けた。
……気になってしまったあたしは、父の経緯を調べた。
といっても、あたしじゃ情報の限りがある。そこで、ある店で知り合った情報屋(まがいなことをしている)に、お願いした。
今思えば、あそこで止めておけば良かったのかも知れない。
それでも、事実を知っておかないと、心穏やかに過ごせないと思った。
……あたしの父は、母さんと結婚する前に離婚していた。
会ったこともないあたしの祖父母たちは、バブル崩壊時期で多大な借金を持っていた。調子こいて、会社の経営に私財を詰め込んでいたらしい。
そこで、ある資産家に婿入りして、借金を返したそうだ。
だが、僅か五年で離婚。そして、あたしの母さんと結婚している。
その情報屋は、いっていた。
『どうやら、君の両親と、その資産家の令嬢は、幼馴染だったみたいだな。随分仲が良くて、幼稚園の頃から高校の頃まで仲が良かった。特に、君の両親は、学生の頃から噂が立っていたようだ』
その言葉に、あたしは違和感を覚えた。
父さんと母さんは、仲がよかった?
……だって、父さん、その前に結婚して別れているのに。母さんは、浮気してあたしと父さんを捨てたのに。
そんな二人が、昔から仲がよかった?
『調べて……こんな、事実、子供の君には聞かせたくないんだが。依頼、だしな。それに君には、借りを作ってしまっている』
その人は強面の顔を伏せて、痛々しくいった。
あたしは、その言葉の続きは予想できなかった。けれど、何をいわれても、既に覚悟していた。
続けてください、とあたしがいうと、その人は大きく深呼吸をして、こういった。
『……実はその資産家の家庭は、円満とは程遠かったようだ。近所の人から聞いた話だが、令嬢にはよく、痣などが見られたらしい』
そこまで聞いて、あたしも……いや、その令嬢の周りの人は、誰もが気付いていた。
児童虐待。同じ資産家の人間である三也沢君も、それと同じような扱いをお母さんから受けてきたのかもしれない。
金があるからといって、幸せになれるとは限らないのだな、と遠い気持ちで思った。
『しかし、気付いていながら、誰も通報しなかった。かなり大きな家だ、仕打ちをすることなど簡単だろう。周りは恐れ、令嬢は孤立した。
けれど、二人だけ、令嬢の境遇を受け容れず、立ち向かった。——それが、君の両親だった』
それを聞いて、あたしは、遠い御伽噺を聞いている気持ちになった。
あたしたちを捨てた母さん。死人のような顔をしている父さん。
そんな二人が、人を助けようとしたなんて。
それが言葉に出ていたのか、その人はいった。