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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『健治と諷子ss』更新!】 ( No.361 )
- 日時: 2013/04/14 11:29
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
『……ここで、フィクションだったら、幸せな結末になっていたかもしれない。が……』
『どうなったんですか?』
話の続きをせがむと、その人は随分唸った。
でも、すぐに降参して、こういった。
『……君のお父さんは、その令嬢の父親に、鈍器で頭を殴られた。そして、記憶喪失になった。
その頃、君の祖父母にあたる方が急に亡くなった。残った多大な借金は、彼に押し付けられた。
だから令嬢は考えた。——その借金を、自分が背負うのはどうかと。
しかし、赤の他人同然の人間が無償で背負うのは、周りが反対する。なら、赤の他人にしなければいい、と考えた。そしてその数ヵ月後、君のお父さんと令嬢は結婚した。
運がよく、彼は記憶喪失だ。——恋人が居たことも、忘れていた』
……呆気に取られるあたしに、その人はさらに続けた。
『その頃、彼の恋人だった娘の腹には、赤ん坊が居た。勿論、彼との子供だ。
令嬢に脅されたのか、はたまたは泣き落とされたのかは知らないが、娘は、記憶喪失になってからの彼には、会わなかった。両親が既に居なかった彼女は、遠い血縁の知り合いが居る北国で、赤ん坊を産んだ』
そういって、彼は少し笑って、
『それが君だよ、雪君』
そういった。
その笑みに、何かが詰まっていたあたしの心が、少しだけほぐれた。
何てこと無いんだけど、何だか嬉しかった。
けれど、今は、話の続きを聞かねばならなかった。
『そして、その数ヵ月後、令嬢と彼の間に、男の子が生まれた。
一年ぐらいは円満だったらしいが、徐々に彼の記憶が戻ってな。彼は君のお母さんを探していた。そのせいで、だんだんとその令嬢とも悪化して……。結局、離婚した』
『そして、母さんと結婚したんですね』
あたしは言葉を繋げ、教えてください、と懇願した。
『その令嬢は、名字は何なんですか?』
——そういうと、彼は言葉を失くした。
その様子で、もう、殆ど確信した。
『……三也沢。代々医者として有名な、三也沢家だ』
『……じゃあ、やっぱり……』
『君と、その健治君とやらは、母親が違う姉弟になるね』
◆
……母が違う、姉弟。
昼ドラのような世界に、あたしはまだ、現実だと理解できていない。
でも、あの人の情報は確かだ。間違いない。
つまりあたしは、実の弟を弟と認識せず、恋心を抱いていたんだ。
「(……そんな事実があろうがなかまいが、きっとあたしは、あの人に振り向いてもらうことはない)」
だって、三也沢君が好きなのは、フウちゃんだ。
そして、フウちゃんも三也沢君が好きなのだから。
もう既に、あたしは叶わない恋だと知っていたのに。
「(……どうして、)」
こんな目に遭うなら、いっそのこと、あの時轢かれていれば良かった。
さっさと死んでいれば、こんなことにはならなかった。
そもそも、三也沢君も、赤の他人を助けるからこうなるんだよ。……赤の他人じゃなかったけど。
でも、こんなのは、酷いよ。
考えるだけ、苦しくなる。
でも放っておくと、怖くなる。「今悩んでいること」が、あたしの存在する意味で意義だったのだ。
だから、考えないと、自分が消えちゃいそうで、怖い。
「……いっそのこと、消えちゃおうか?」
服を着て、そう呟いた。
あのまま轢かれても、死ななかったかもしれない。
でも、死ねたかもしれないんだ。
そんなとき、
三也沢君と、フウちゃんの笑顔が、頭を過ぎった。
あたしは、外を飛び出した。
走った。
夏とはいえ、夜明け前は寒い。
でも、今のあたしは、とても暑くて、夜風で冷やしたかった。
こんなわけの判らないことを考えたくなかった。だから、考える隙間をなくす為に、走った。
死ぬ? そんなの、出来るわけ無いじゃない。
だってあの二人は、もっともっと辛い想いをして、死にたいって想っても、踏みとどまった。
そんな二人に対して、あたしはくだらないことで自殺するの?
それはダメだと想った。
それだけは、あたしの意地が許さなかった。
確かに不純な理由だったけど、下心あったけど、でも、でもそれでも! あたしは、あの二人の背中を見てきたんだ!!