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Re: 臆病な人たちの幸福論【『健治と諷子ss』更新!】 ( No.362 )
日時: 2013/04/13 22:30
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)



                      ◆

 ……そうやって走って、どれぐらい経っただろうか。
 足が疲れて、立ち止まって、その後だんだんと肺とわき腹が苦しいと訴えてきた。



「(そういえば、急に走るのを止めちゃいけないって、体育の先生に教わったような気が……)」



 理由は忘れたけど、危険だから止めなさい、という声が、脳裏に蘇る。
 痛さにふらりと立ちくらみ、バタン、と倒れそうなところを——誰かに、支えられた。




「うおっとっと……だ、大丈夫!?」
「……あー」



 平気です、と掠れ声だったが、聞こえただろうか。



「いやあんま平気にはみえへんけど……って、アンタは!?」
「……えー……あー……」


 相手が、あたしの顔を見て叫んだ。ひょっとしたら、知り合いなのかもしれない。
 けれど視界がかすんで、誰だか認識できない……というかその気力すらないあたしは、言葉にならない返事しか出来なかった。



「ちょ、ま、待って!! 今水こーてくるからぁぁぁ!!」




                   ◆



 ベンチに座らされて、やっと、霞が消えて、普通に見えるようになった。
 といっても、息は荒いし、まだ苦しいけれど、それでもさっきよりかはましだ。
 ……ってかあたし、本当に後先考えないな。


「(支えてくれた人、凄く迷惑だったろうなあ……)」


 そう思うと、更に顔色が悪化しそうだった。
 ちょっとして、支えてくれた人の声が聴こえた。


「とりあえず水こーてきたんやけど、お水飲める……」
「ありがとう……って」


 ジャージを着たその人の顔に、見覚えあった。
 昨日、かごめリンチになっていた、あたしは紹介されてないけど——星永優さんだ。


「おー、やっと気付いてくれたわ。……にしてもアンタ、よー、倒れるなぁ」


 その言葉が、凄くいたたまれなくて、あたしは笑って誤魔化した。


「あ、アハハハ……それよりも、奇遇ね。こんな所でまた会うなんて」
「……まあな。眠れんかったから」
「おや、理由も同じだわ」



 あたしの隣に座る優さんに、思わず笑う。
 しかし、それ以上話しかけられなかったものだから、あたしは貰った水を飲むことにした。
 飲み終わった頃に、優さんはいった。



「……昨日は、ほんまにすまんかったなあ」
「ん?」
「……あー、アンタは気ぃ失ってたか」



 その言葉に、全てが合点した。


「ひょっとして、今井にいったこと? 気にしないでよ、今井が出すぎたこといっただけだし」


 まあ今井は落ち込んでいたけどね、とはいわなかった。余計相手を気負わせる。
 流石にそこまで空気読めないわけじゃないよ。
 けど、そういっても、彼女は納得していないようだった。まあそうだよね。普通、「気にしないで」っていわれても相手の心情は判らないから、穏やかにはなれないよね。
 そっとしようと、もう殆ど無いペットボトルに口をつけ、飲んだフリをしたその時。



「小三の時……やったと思う、始まったのは」




 突然、優さんが話し始めた。




「最初は、悪口だけやったのが、悪ふざけ半分で、鉛筆のキャップを鼻に突っ込まれた。勿論、反撃したんやけど……運悪く、そこだけを担任に見られて。幾らいっても、話は聞いてくれん。それが弱みで、うちはいじめられることになった。聴こえる様に、悪口いわれたり、いきなり笑われたり、折角友達が出来ても気に食わん奴に取られた。残ってくれた子もおったけど、誰かが『あんな奴に付き合ってて、可哀想だな』っていい始めて、女子とかに散々悪口いわれた。うちが使ってるものは『汚らわしい』『感染列島』っつって、触ったらうちに見せ付けるように、机とかに触った」




 堰が壊れて、あふれ出した川のように、優さんは話し始める。
 その様子と、その言葉に、あたしは絶句した。

 目の当たりにするいじめは、大抵「気のせい」とか、「ポジティヴにいけばどうにかなる」とか、そう思っていた。
 だって、無視とか悪口とか、そんなぐらいなら、黙っていればすぐ終わるものだと思ったのだ。暴力行為や、モノを盗まれることは、その中で異例のことなんだと思っていた。
 けれど、どうだ。今井といい、優さんといい、とても、「いじめ」という言葉で片付けられるとは思えない。
 殆ど、犯罪に近い行為じゃないのか。しかも、今日のことを見る限り、小学校から続くいじめは、まだ終わっていない。
 彼女は、校則のジャージを着ていて、あたしが通っているトコとは近い高校に通っていることがわかった。つまり、彼女は高校生だ。
 学校も変わっているはずなのに、それでもまだ、いじめは終わっていない。




「……どうして自分がこんな目に、って思わなかった?」
「思った。でも、そのうちどーでも良くなったわ」



 思わず聞いたあたしに、叫ぶように、優さんはいった。
 ポロポロと、涙が零れていた。



「あいつらは、何があっても、うちがどう変わっても、結局うちが気に入らんのや。うちに関わりたくないんやったら、そもそも関わらんよーに距離を置くわ、良識ある人なら」



「性格が悪いから」「暗いから」「あいつが悪い」。
 いじめる側の人は、そういって主張すると、優さんはいった。
 そして結局、「優さんが悪い」と決められ、いじめはもっと酷くなった。


 でも、違う。
 それは、あたしにも判った。
 確かに、優さんにも欠点はある。それは、誰だって等しくある。
 けれど、だからといって、優さんが受けているいじめには、正当性もなにもない。あるわけがない。
 気に食わないから、そして見たくないのだ。だから、抹消しようとしている。

 間違っていると、一目でわかる。
 でも人は、周りに責め立てられると、見覚えの無い罪を認めてしまうことがある。いじめという、過酷で孤独な立場だったら、尚更。





「でも、うちは負けん!!」




 けれど、彼女は言い切った。




「うちには、沢山応援しとってくれる人がおって、そういう人たちの為にも負けへん!! あんな奴らに、負けてたまるか!!
 だから学校も、いってやる!! 小説家になって、あいつらの悪口かいたる!! そんな地獄でも、優しいことや楽しいことはあるって、伝えるんや!!」





 そう、言い切る彼女の姿が。
 泣きながらも、訴え続ける姿が。
 こんなにも、自分を見失わないということが、どれだけ大変で、どれだけ神々しいか。
 ただ、ただ、あたしは、その姿に、跪くしかない。



「あ、ご、ごめん! こんなこと、アンタには関係ないのに、泣き出したり、怒鳴ったり、いみわかんないこと……」




 慌てて涙を拭おうとする優さん。
 あたしは、その手を止めた。



「……え?」
「……あなた、本当に凄いよ。本当に、凄いよ」




 自分は、異母姉弟といわれて、とてもショックだった。
 誰かに、「お前がしているのは間違っている」といわれているようで、苦しかった。
 誰かにいわれたわけじゃない。でも、あたしが感じてきたことは、全部間違いだったのではないかと、それを受け容れなきゃいけないのだ、と思って……。

 殴られるような勢いだった。
 それほどまでに、衝撃で、激しくて、とてもとても、勇気ある言葉だった。



「ありがとう」



 朝陽が、昇る。
 いきなり感謝を述べられたって、彼女には判らないだろう。
 でもあたしは、とてもとても救われた。

 人って、不思議ね。
 間接的に傷つくこともあれば、間接的に救われることもある。
 こんな、風に、赤の他人同士だったとしても。



「あたしの名前は、杉原雪。
 よければ、あなたの友達になりたい——!」




             初めて、自分から友達になりたい、といえた


(頭の隅から、五臓六腑、指の先まで、)
(勇気が、じんじんと脈を打つ)


(そんなある日の、あたしの夏の朝)