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Re: 臆病な人たちの幸福論【『超展開になった話』更新!】 ( No.404 )
日時: 2013/06/14 17:28
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)













「……ふっざけんな!!」



 怒声が響いた。
 でもそれは、ヤのつく職業の方でも、橘先輩でも上田先輩でも向日葵でもなくて。
 一番大人しかった——……いや、一番臆病だった彼の、劈くような怒鳴り声だった。



「どいつもこいつも、自分の都合ばっか!! お前なんて、忍びの才能あるくせに『料理人になる』っていいやがって!! 俺にだって、なりたいものがあったっていいのにそれすらもない!! 何にも無い!! 忍びの才能だって全然ない!! だけど、頭首になる以外のことも、想像つかない!! だから従えっていうのか!? 俺の意見なんて関係なく、鳥間家の為に生きて死ねと!? ふざけんな!! もう……うんざりだよ」




 彼は、どんな顔をしていたのだろう。
 僕には判らなかった。だって、彼は俯いていたから。



 それでも、激しい怒りだということは、判った。
 そして、



「勝手に、俺なんかに期待してるんじゃねぇ!!」




 ——葛藤と、戦っているんだということも、痛いぐらいに判ってしまった。



 彼は、走り出した。
 それも、凄い勢いで。目では追いつけないぐらいに、速かった。

 嵐が通りすがった、静けさが校庭にのしかかる。
「え? 何? いつの間になにがあったの?」と、つい先ほどまで闘っていた人たちは、目を丸くした(ヤのつくお仕事の方々はサングラスをかけていたけれど)。
 だんだんとざわつく校庭。それでも、静けさはまだ残っていて。

 ドサリ、という音が、静けさを消した。



「向日葵さん!!」



 彼女が叫んだことによって、僕たちはやっと、身体を動かすことが出来た。


                ◆



 いやだったんだ、なにもかも。
 何も出来ない自分も、何の才能を持たない自分も、何の夢も持っていない自分も。
 頭首になれという周りの人間も、勝手に出て行った、自分より才能がある妹も、あの時厳しく叱った父も。
 全部、いなくなればいいと思った。
 全部、全部、だいきらいだった。

 でも、本当にきらいなものは——————。



                ◆


「……なんで」


 ポタポタ。ポタポタ。
 乾いた土が、水の玉を吸い込んでいく。
 それは汗なのか、それとも、涙なのか。
 倒れそうになった向日葵を彼女が必死に受け止めた。向日葵は意識を失っては居なかった。ただ、かすれた声で、詰まった声で、必死に言葉を捜した。



「私はただ、兄貴が好きだったのに」



 ポタポタ、ポタポタと。



「何にも出来なくても、何の才能を持たなくても、いつも優しくて、真面目で、誠実だった……私はすぐサボる癖があった。好きな料理も、サボり癖が出て叱られたことは何度もあったのに、それでも中々直せなかった」



 ポタポタ、ポタポタと。



「でも、兄貴は違った。結果が出なくても、誰に褒められなくても、いつも誠実だった。私は自分のことしか見えてなかったのに、兄貴は人への気遣いを忘れなかった。
 私は興味が無いことにはトコトン不真面目だったのに、兄貴はちゃんと、しなければならないことを果たしていた。私は理不尽だと思ったことはすぐに口に出してしまった。でも兄貴は、それすらも受け容れて、いつも頑張ってた。私は兄貴を尊敬していた。幸せになって欲しいって思った。……なのに」