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Re: 臆病な人たちの幸福論【『超展開になった話』更新!】 ( No.405 )
日時: 2013/06/14 18:06
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)


 ずるり、と向日葵の豊かで艶やかな髪が雪崩落ちる。
 髪で顔は見えなくなってしまったが、それでも、彼女の表情は安易に想像できた。


「兄貴は、あんなこといわなかった。人の手柄を自分の手柄にしてしまう人じゃなかった。烏間家の奴らに嘘をつくような人間じゃなかった」

 ポタポタ、ポタポタ。
 蝉時雨は、鳴り響く。

 それでも、向日葵の声は、ちゃんと聴こえた。





「あんな目を、する人じゃなかった…………!」



 どうして、と語調を強める。


「何が変わってしまったの? それとも、私のせい? 父のせい? 周りの人間のせい? ——どうして……」


「(……誰も、悪くないんだ)」


 僕は、知っている。
 この兄妹はどうして、互いに怒りを覚えたのか。
 どうして彼が走って去ったのか。どうして向日葵は倒れてしまったのか。

 彼らは、互いを尊敬していたんだ。
 自分には持っていないものを、相手が持っている。それを認め合っていた。
 けれど同時に、それをコンプレックスに思っていた。
 そして相手もそれを感じてると知っていたから、自然と言葉が少なくなってしまった。

 判っているつもりで、判っていなかった。
 判ってもらっているつもりで、何一つ伝わっていなかった。
 それは、言葉が少なかったから。

 それを僕は見た。
 そして、自分も当事者だった。
 でも、なんていえばいいんだろう? 言葉が少ないのが自分の短所だと自覚している。
 下手なことをいって、話をややこしくしてしまったらどうしよう? ——臆病な自分が、手前に来る。
 そうしたら、なにもいえない。迂闊な言葉も、慰めも、何にも————。






「向日葵さん!!」



 ——ガツ!! と、彼女が、向日葵の腕を掴んだ。


「……玲?」


 様子を見ていた上田先輩が、驚いた顔で彼女の名前を呼ぶ。
 向日葵も、びっくりして顔を上げた。前髪がずれて明るくなった目元は、赤く腫れていた。



「今あなたがやることは、泣くことですか? 違うでしょう?」


 彼女が強い口調で、かといって責めているわけもなく、それでもしっかりとした目で、向日葵の目を見る。
 グイ、と彼女は向日葵の身体を起こした。


「ちょ!」
「あなたのその想いを、烏間さんに伝えないで、どうするんですか?」
「で、でも私は……」


 怖いの、とかすれた声でいう向日葵に、
 彼女は、玲は、こういった。



「幸せになる為に、想いはあるんでしょう? 想いを伝える為に、言葉があるんでしょう!?」



 そういった、玲の表情は凛としていた。
 夏の強い日差しが、表情をより輝かせた。

 そうしてその顔と言葉が、向日葵を立ち上がらせた。
 手を繋いで、玲と向日葵は、僕らには何もいわず、ただ一生懸命、走っていった。



 まだ最近の話なのに、あの日樹海で逃げて、怯えて、泣いていた顔は、とてもとても遠かった。







「……玲があんな顔をするようになったなんて」


 走り出した玲たちを見送った後、上田先輩が、口を開けた。


「俺は今まで、あの子の苦しい顔しか見てこなかった。……でも、あんなにもカッコイイ顔をするようになったんだな」


 そういって、僕に向かって、ニカ、と笑った。



「お前のお陰だ。ありがとな」




 ——……正直、この人にお礼をいわれる日が来るとは思わなかった(毎日命狙われていたし)。
 それに、僕は玲に何かをしてやった記憶はあまりないのだ。
 けれど、この人の笑った顔は、何て爽やかで、男らしくて、優しいんだろう。

 僕は少しだけ感動した。
 だから、その気持ちも、少しだけ受けいれようと思った。



「ま、でも玲とは友達以上の関係は認めてないから★」


 ……少しだけ。
 シスコン魔王の黒い笑みを見たときには、僕は今さっきの少しの感動を何処かへやってしまった。


「……ってか俺たち、良く判らないままこの人たちと闘ってたんだけど」


 橘先輩が、険悪の空気に割り込んできたお陰で、何とか僕は平常心を保つことができた。
 ……というか、事情も知らずに喧嘩してたんですか。


「実は……」
「それは私が説明しよう」


 僕が説明しようとすると、突然、知らない男の人に言葉を遮られた。
 ……最近こういうの多いな。
 というかこのおじさん、一体ドコから現れたのですか? そして何者?


「図書室のベランダから、君たちの様子を見ていたものだ」
「いや、名前を名乗ってくださいよ」



 僕たちの事情を知ってるってことは、通行人Aというわけではないでしょう。
 まあ、おおよその今までの流れで考えると、烏間家に関わる人なんでしょうけど……。


「……ああ、名前か」
「はい、名前です」
「それはだな……」


 ごっほん、と咳払いをしたおじさんは、もったいぶった間を置いて、こういった。




            「次回で公開されます」


(「……はああああああ!?」と声をあげる武田たち)
(いきなり現れたこのおじさんは一体何者なのか!?)
(そして、烏間兄妹の行方は? いよいよ最終回へ!!)