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Re: 臆病な人たちの幸福論【『静雄ルート』完結! オチはない!】 ( No.419 )
日時: 2013/10/19 20:59
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)





「……皆が幸せになることなんて、無理だって判ってるのに、それを目指してもええんじゃろうか?」





 だけど、未来はより良い方向へ進むと断言してくれた楠の神様の声ば聴いて、俺は思わず聞いた。





 ——ずっとずっと、嫌だった。
 自分の不幸ば嘆くのはいやだ。
 人が不幸になって、無理して笑っている姿ば見るのもいやじゃった。


 けれど、俺には何もなか。
 頭は良くなか。スポーツは出来るばってん、それが誰かの役にたった覚えはなか。
 下手に慰めることしか出来んし、どうすればいいのかも判らん。

 何も出来ない自分が、とてもいやじゃった。
 何か出来ることばしたい、と思っても、どうありたいかも判らんくなった。

 ……多分、トラウマとコンプレックスが理由なんじゃと思う。
 何も無くて、何も変わらなくて、バカにされたり、自分の器用の無さに嘆くだけで。
 また誰かに酷い事ばいわれるんじゃなかか、と、殻の中に閉じこもって。


 そうやって、何時も悩むだけの夏を、過ごしていた。
 南っちに、会うまでは。










「……さあね」



 サラリ、と南っちは答える。
 俺は、少し落胆する。この人は聞きたいだけ聞いて、いいたいことだけいって、いってほしいこと、聞きたいことはいってはくれなかった。



「……だけど、貴方がいることで、周りの人が幸せになることはあるわ」












 ——けれど、今年の夏は違った。
 驚いて、顔を上げる。

 南っちは、微笑んで、いってくれたのだ。
 いってほしいことを、聞きたいことを、彼女はいってくれたのだ。たった今。

 何処かで、認めて欲しかった。
 自分のお陰で、誰かが幸せになることを。
 自分の未来が、ちゃんと明るいことを。



「だから、胸を張って、生きなさい」



 ね、と微笑んだその顔は、もう忘れてしまった癖に、お母さんの笑顔のようだと想った。




 夏も、この町も、嫌いといった。
 ばってん、嫌いじゃなくて、多分『苦手』だったんじゃ。

 現に、今ココで見るこの町の風景は、とてもとても、綺麗なモノだと思ったから。




           苦手だった夏は、あと少しで終わりを告げる



(ワケが判らなくなるから嫌いだった夏も、)
(そろそろ好きになれそうだ)











「……成程、夏はいつも南さんと話して過ごしとったんやな」


 地元に帰った時には、もう既に深夜じゃった。
 あれほど鳴いていた蝉の声も、もう聴こえない。


「お前、八月になるとよう落ち込むというか……まあもう高三やし、色々考えることはあるとは思うんやけど……」
「……そうですね。まだ、俺は進路も決まってないけん」
「え? お前大学いくんやないん?」
「まあ、そのつもりじゃけんど、俺頭悪いし……」
「……まあ、前のテストの点数目に余るものやったしな……」
「はい……」


 ド————ン。
 考えただけで落ち込むったい……。


「……何時からなんそれは?」
「……ところが俺、あろうことか夜の交通整理のバイトば受け持ってしまったとですよ……」
「……何時からそれは?」
「……夏いっぱいまで」


 千歳さんの視線が、痛かった。


「……勉強手伝うわ。一応俺京大卒やし」
「スイマセン……」


 ホント、千歳さんに感謝するばい。










 俺は、知る由もなかったんじゃ。

 この一日が、これから起きることに関して、深く、深く関わっておったなんて。


                     ◆




「ま、待ってくれ!! 命だけは……!!!」
「五月蝿い」


 ザク!! という音が響いたと同時に、暗闇の中で、真紅の色が飛び散った。



 この夏、夜九時にかけて、何十人ものの人が、殺されていた。
 老若男女関係なく、誰もが路上で襲われていた。
 そして恐ろしいことに、誰もが皆、口を裂けられていた。


 命からがら逃げた一人の男は、こういっていたという。

「口裂け女に襲われた」と。

 だが、警察はショックを受けたあまりのうわ言だと思い、捜査撹乱の恐れありということで、その言葉は無視された。
 新聞は、「通り魔殺人」という見出しが、殆どの面を埋めるほどだった。


 やがて町には、夜中歩くことを忠告するアナウンスが流れる。
 そして夜間の交通整備のアルバイトたちは、次々に仕事を止めていった。

                 第五部へ続く。