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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『第四部完結!』】 ( No.426 )
- 日時: 2013/07/17 18:41
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
序章
ワタシは鳥に憧れていた。
特に、真白な鳥に憧れていた。
ワタシはある時間帯にある場所に現れて、人に声をかける。
「ん? 誰だアンタ?」最初はこう聞かれる。
そしてワタシはこう聞くのだ。
「ワタシ、キレイ?」
そう聞くと、大抵の人は「キレイ」と答える。
まだそのときには、ワタシの顔の異常に気がついていないのだ。
そしてワタシは、約束どおりの台詞をいって、マスクを外すのだ。
そして人々は、悲鳴を上げる。
ワタシは、持っていた鎌でその人たちの口を裂け、殺すのだ。
何時まで続いていくんだろう。
何時までワタシは、こうやって何人も殺めていくのだろう。
本当はこんなこと、したくないのに。
足が重い。引きずるように。
今日もまた、誰かを殺すのか。
血の匂いも色も、噴出す音も、全部嫌いなのに。
……あいつらが悪いんだ。
あいつらが、ワタシを噂する。
ワタシがいくら抗おうと、あいつらの言いなりに、ワタシは動くしかない。
生きている間も自由じゃなかったというのに、死んでもなお、ワタシは自由じゃないのか。
——だから、鳥になりたかった。
生まれ変わりがもし存在するなら、鳥になりたいと思ってた。
勿論、「鳥は気楽そうに飛べていいなあ」とは思っていない。鳥の人生も大変に違いない。
人間と違って、喰われる立場でもある。何時死ぬかわからない。
それでも、羨ましい。
鳥は一人で飛べるから。
ワタシには、沢山沢山憎んでいた時期がある。
人を恨み、憎み、自分が虚しいと、どうしようもないぐらいに途方に暮れていた時期がある。
そしてその途方も無い苦しみを、ワケがわからないまま八つ当たりした。
そんな、昔々のお話。
そんな話を、少し語ろうか。
ある日。
鳥に憧れていたワタシは、彼が持っている旗を鳥だと勘違いした。
その人は、白いヘルメットを被り、蛍光版がついた服を着て、白い旗と赤く光る棒を持って、ワタシを見つめていた。
ワタシは、その場に立ち尽くした。鳥じゃないと判った途端、落胆したような、何故かホッとしたような。自分でも良く判らない感情が身体を硬直させた。
そんな様子を見た彼は、ワタシに声をかけた。
「……どうかなされましたか?」
優しい声だった。
優しい声が、ワタシよりも先に、ワタシに声をかけた。
その表情は本当に心配している様子で、見つけた人には殺意と狂気しか抱かないワタシは、何時もの行動を取らなかった。
噂どおりには、動かなかった。
「……大丈夫」
かなりぎこちない声で、ワタシは返す。
そしてワタシは、彼の元を立ち去った。
「……命拾イシタネ」
そう、言葉を残して。
これは、千代という名のワタシの物語。
これは、瀬戸要という名の、彼の物語。
そして、ワタシと彼を取り巻いた、周りの幸福な物語。
今じゃもう、遠い遠い想い出になってしまったけれど、それでも昨日のように鮮やかに思い出せる。
形容するならば、あの夏は、宝石のような想い出で。
今もまだ、光沢は失せていない。
少し、物語を語ろうか
(これは、何処までもネガティブ思考の口裂け女と、)
(何処までもポジティブ思考の労働青年と、)
(この二人を見守った人々の、とてもとても幸福な物語)