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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.436 )
日時: 2013/07/24 20:23
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)


「……で、何でレオはそんな怖い屋上に来たんだ?」
「だって! だってぇぇぇ!! 教室じゃもっと怖い話してるんだもん!! 僕が怖いもの嫌いって判っててやってんの!! 弄ってくんの!! ほかのクラスの奴もそう!! っていうかミーの目の前に居る女の子皆僕を弄ってくんの!!」


 難儀だ。それは同情を禁じえない。
 だから、一言目が「女の子だったら誰でもいいの?」っていったんだな。
 面々も思っていたようで、上田の場合は、レオを弟のように、よしよしと頭を撫でていた。
 見ろ、モテないといって叫んでいた諸君。モテたらモテたらで弄られたり大変なこともあるんだぞ。


「しつこく口裂け女の話をしてくるしさあ!!」
「口裂け女?」
「それは、今ニュースで話題になってる、通り魔殺人事件のことか?」


 森永が聞くと、小さくレオが頷いた。
 俺も聞いたことがある。新聞の見出しに大きく書かれていたから。
 最近、毎日ではないが何時も午後九時四十五分前後に何人モノの人が殺されている。そして、命からがら助かった人に聞いてみると、「口裂け女が襲ってきたんだ!」という旨の発言があったらしい。


「そういえば、今日放送あったな。危ないから絶対九時までには帰れって。塾通いしている奴もって」
「俺さ……最近夜間のバイト始めて、それも交通整備だからさ……それを知った皆が、しつこくいうわけ。口裂け女に襲われるぞーって」
「じゃあやめればいいじゃん。そもそも、お前金の心配ないんだろ?」
「で、でも! ちゃんと自立したいし、それに瀬戸の頼みだったから……」


 レオの言葉の中に、思わぬ人物の名前があって、俺はビックリした。


「瀬戸? 何で? アイツ喫茶店のアルバイトもやってるんだろ?」
「喫茶店と同じように、交通整備の方にも孤児院の先輩が居るんだって……人手が足りないから、お願いされちゃって……瀬戸には一人暮らしの際、色々世話になったから断りきれなくって……」


 ああ、そういえばレオと瀬戸って、ご近所さんだったか。


「けど、怖いって思うなら、無理しないほうがいいんじゃないか?」
「あ、いや。僕のシフト、七時からギリギリ九時までだから」


 通り魔の時間帯には被らないから平気、という言葉が返ってきた。
 ……それで大丈夫なのも問題だぞ?


「……でも、心配なのは瀬戸なんだよねー。瀬戸って、新聞もテレビも持ってないからさー」
「え、テレビも無いのかよ!?」
「パソで調べるんだって。だから、口裂け女の通り魔のこと、全然知らないまま九時からのシフトを受け持っちゃって……今日の放送が流れるまで、全然知らなかったっていってたよ」
「お、おおう……」


 呆れるところだよな、ここ。
 レオの臆病だからこその無防備も大概だが、瀬戸の大らかだからこその無防備も恐ろしい。
 だが……もう、瀬戸だなー、と感心してしまうのは何故だろう。


「でも知っても、瀬戸いうこと聞かないんだ。夏の間だけって約束したからーって」
「瀬戸らしいな、本当……」
「何かもういうこと聞かないから、もうしかたがないって思っちゃったけどね。僕と違って、瀬戸には仕送りしてくれる両親居ないし、孤児院も経営大変だっていってたし……」

「え!?」
「!?」


 図太い声が重なった。俺とレオは、ほぼ同時に肩を飛び跳ねさせる。


「な、何だ……?」
「せ、瀬戸って……孤児院だったの!?」
「あー……」


 そういえば、瀬戸の出自を知ってるのって、俺らぐらいなものだったか。
 話すのが嫌なわけではないらしいが(俺たちにあんなにも明るくいったしな)……やっぱり、普通いわないことなんだろうな。……いやでも、バイトのくだりにさらりといわなかったか? 何で今驚く? 聞いてなかったのか?


「それは……初耳なのだよ」
「瀬戸って、労働少年だったんだな……」
「橘と違って、バカだけじゃなかったんだな……」
「オイコラソコ。お前も同じじゃんか」


 皆それぞれの反応を見せるが、本心としては「頑張ってるんだなあ」と思ってるんだろう。



「(……そういえば、学校始まってから、まだ瀬戸と顔を合わせてないな)」



 口にパンを含みながら、俺は考える。


 ——放課後になったら、顔を見に行こうかな。



           そんな日常の話


(この時俺は、パンだけだったので、)
(全く腹が満たされていなかった)