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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.442 )
日時: 2013/07/31 20:45
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)






 所々シミが見えたりひびが入ってたりして、一見古めかしい昭和の貸家を思い浮かばせるようだが、セキュリティはバッチリしっかりのアパートに、瀬戸は住んでいる。
 無駄に長い階段を上り、ピンポーン、と鳴らす。
 返事は無い。
ピンポーン。もう一度鳴らしても、一向に出ない。


「……やっぱ留守か?」
「え……でも……」
「どうした、フウ?」



「鍵……開いてるけど……」
「……は?」




 思わず呆けてしまう。
 けれど、フウが至って変わらない表情でいうものだから、俺は慌てて鉄のドアノブをひねり、引いた。

 ギィィィ。


「……」


 それは、いとも簡単に開いた。


「……まさかアイツ、鍵もかけずに出かけたのか!?」
「いや、ひょっとしたら疲労で気を失ってるかもッ……」


 ぞ、と嫌な考えが俺とフウの頭の中に過ぎって。


「瀬戸————!」
「瀬戸君……!」


 慌てていたんだろう。無意識にドアを開けてしまった。













 ——そこから見える部屋の風景は、洗濯物や小物が散らかって荒れていた。
 大らかだが、意外と几帳面な瀬戸の部屋とは思えない。

 そして、その部屋の中心に居たのは、瀬戸ではなく、見知らぬ女だった。


「……え」


 まさに、蛇に睨まれた蛙状態で、俺たち三人は固まる。
 硬直が先に解けたのは、女の方だった。
 女は何故か、この時期にマスクをしており、くぐもった声で叫んだ。


「…………きゃあああああああああ! 泥棒————!!」
「ええええええええええええええ!?」


 どっちかというとお前の方だろ泥棒は!! いや、ドアノブ勝手に開けたのは悪かったけど!
 いきなり焦りまくる俺らの後ろで、買い物袋を下げて帰ってきた瀬戸が、「ただいまー。あ、みやっち諷っちきとったとー?」と、のん気な声でいった。



                 ◆


「アハハハー。それは災難じゃったのー」


 せっせと、繊細な動きで洗濯物を畳みながら、瀬戸がいった。


「帰ってきた途端、千代っちの声がするし、みやっちの声もするし諷っちの声もしたけん、何事かと思ったばい」
「……」


 大らかに笑う瀬戸とは正反対に、女はぶっすーと膨れっ面をして、膝を抱えて座っていた。


「千代っち、謝ろ?」
「……ごめん、要。洗濯物ぐちゃぐちゃにして」
「いや、そこじゃなくて」
「何で!? 不法侵入したついでに人を泥棒扱いする人が悪いじゃん!!」
「いや、俺らも泥棒扱いしたけどさ? アンタが先に泥棒扱いしたじゃん」
「うっさいそこの男!」


 俺が反論すると、急に女はキー! と喚いた。かわいい顔立ちをして性格がキツイしヒステリーだ。いや、マスクで殆ど見えないけど。
 ……何なんだ、この女。


「千代っち、謝ろ?」


 けれどそれに動揺せずに、穏やかに笑いながら続ける瀬戸。


「いや! 絶対いや!」
「千代っち」


 それでも喚く女に、少しトーンを落として、瀬戸は女の名を呼んだ。
 ピタリ、と女の動きが止む。というか、俺たちも動きを止める。
 瀬戸は、さっきから大らかに笑っている。でも、まとう空気が、全然違うのだ。


「……ごめんなさい」


 素直に女が謝ると、瀬戸はさっきの空気を拭うように、「よしよし、頑張りましたー」と女の頭を撫でた。
 ……アンタの気持ちは判るよ。あの瀬戸には逆らえない。


「なんというか……今更デスケド、瀬戸君って大物ですよね」


 コッソリとフウがいった。ホント今更だが、賛同だ。