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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.443 )
日時: 2013/07/31 20:46
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

 思う存分撫で回した瀬戸は、ニコニコと笑いながら俺に聞いてきた。


「……で、どうしたん? 二人揃ってこんなトコに」
「いや、特に用はないんだが……ってか早! 洗濯物畳むの早。あんだけぐちゃぐちゃと大量にあったのに!」
「わー、ありがとー。で、特に用が無く来てくれたと? 嬉しいけど、俺今からバイトじゃけん……」
「あ、居座るつもりはないから、安心してください! ……と、これ」


 申し訳なさそうに説明する瀬戸を、フウが遮り、タッパーを取り出した。
 それを受け取って中身を確認した瀬戸は、何故か体が震えていた。


「これ……」
「ダメナコが肉じゃがを作ったんだよ」
「おすそわけに……って。わたしは美味しいって思ったけど、口に合わないかもしれない……」
「ああああありがとう! これで食費が助かったばい! 口に合わん!? 愛情込めて作った料理がそんなワケないったい!!!」


 ブワアア! と涙目で感謝を述べ、力説する瀬戸。
 のん気そうな瀬戸を見て、本当に何時も忘れてしまうんだが……。改めて思った。
大変なんだな、一人暮らしって。当たり前のことなんだけど。
 それでも、やっぱりのん気に見えてしまう瀬戸に、ある種の罪悪感と尊敬を抱く。

 ……あ、そうだ。


「ところで、この人誰?」


 この、マスクをしているヒステリー女は。
 ……まさか彼女じゃないよな。


「あ、千代っちっていうとよ」
「いや、名前はさっきから聞いていたけど。何でお前の部屋に居るんだ? ってか何で、洗濯物漁ってたんだ?」
「あ、それはじゃな……」


 ニコニコと笑いながら、瀬戸は千代と呼ばれた女に声を掛けた。



「千代っち、マスク外してくれる?」
「ハア!? 何いってんの!?」


 瀬戸とは正反対に柳眉を吊り上げて千代は声を荒げた。耳が劈くような声だ。
 けれど、瀬戸は全然動揺しない。


「大丈夫ったい。この人たちは」
「……」


 瀬戸を無言で睨みつける千代。千代を無言で促す笑顔の瀬戸。——勝ち目は、目に見えている。
 渋々ながら、彼女は、白いマスクを外した。





 ——千代は、確かに綺麗な顔立ちをしていた。
 くっきりとした鼻。大きな目。熟した果実のような唇と頬。描かれたような柳眉。
 だが、そのマスクによって大部分を隠されていた口は、異常と思えるように裂けていた。



 そう。
 まるで、今巷で有名な、口裂け女のように。






          労働少年の隣の口裂け女



(噂がまさか、目の前に現れて)
(俺とフウは、言葉を失った)

(これが物語の始まりだった)