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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.448 )
日時: 2013/08/07 17:54
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)





「何、コレ……」



 思わず、呟いた。


 それはきっと、自分の顔なんだろう。ワタシ以外にこの部屋に人は居ないから。
 だけどその顔は、自分の顔すら覚えていないワタシでも、『異様』と思える顔だった。
 パックリと、その赤い口は、裂けていたのだ。



「これが……ワタシの顔?」


 まるで、三日月のように、細く長く裂けた口。
 ワタシって、こんな顔をしていたの?
 何処かで、「違う」という声がした。
 一瞬信じたけど、すぐに考え直す。

 ワタシはさっきまで、自分の顔を覚えてはいなかった。



「現実見て『違う』って……現実逃避もいい加減にしなさい」




 だけど、不思議とワタシは落ち着いていた。
 確かに驚いたけど、恐怖はなかった。裂け目をなぞっても、痛みはない。危険なものではないと確信したワタシは、この顔をすんなりと受け入れることができた。
 ただ、問題がある。


「この顔、どう見たって異常よね……」


 この顔が気持ち悪いとか恐怖を感じるというワケではないが、周りから見て、この顔はどう見えるんだろう。小さい子とか、肝が小さい奴は絶対怯える。意地悪な奴はワタシの顔を蔑みながらあざ笑う。きっと、ヒソヒソと陰口を叩かれる……。


「ああああああああああ……!!」


 頭を抱えてのたうち回る。
 想像しただけで恐ろしい。そんなのワタシ耐えられない。外に出歩くこと出来ない!
 絶対差別される。一斉攻撃される。でも絶対ワタシ反論できない。全部の悪口とか罵声とか聞かなきゃいけないんだ、ひょっとしたら、暴力とか振られちゃうんだDV被害にあうんだああああ!


「やだそんなの絶対嫌だワタシ死ぬ」


 自分の妄想で自分で傷つき、嗚咽を漏らしていると。







「何してるんー?」



 今さっきまで誰もいなかったハズなのに。後ろからポン、と肩を叩かれる。
 鏡を見ると、ワタシの後ろには、人懐っこい顔で笑っている男の姿があった。
 驚きと羞恥で思わず叫んでしまったけど、仕方がないよね。



              ◆


「……つまりワタシは、昨日の夜片言を喋って倒れたんですか」
「そうばいー」


 ニコニコと笑っているこの男は、名前を瀬戸要というらしい。
 この部屋は彼の部屋で(つまり男の部屋という推察は正しかった)、若くも生活費と学費をちゃんと稼いで生活している人だった。
 それで、夜間のアルバイトで、記憶を失う前のワタシと出会い、なんか変なことを呟いた後すぐにぶっ倒れて、それを瀬戸要が介抱してくれた、というわけだ。
 ……良く判ったような、判らないような。というか、意味不明である、記憶を失う前のワタシ。


「あのまま寝かせてもよかったんじゃけど……着替えんまま寝かせるのはどうかと思ったけん、俺の母親みたいな人に着替え頼んだんよー」
「はあ……」


 生返事のまま返してしまった。
 信用ならない。特に女の人に着替えをさせたという所が。ワタシに記憶というのはないけれど、男は信用しちゃいけないと、脳内で警報が鳴っている。
 ……というか、その話信じちゃうと、この口、ワタシの着替えをしてくれた女の人に見られたってことだよね!? それってワタシにとってマイナスばっかじゃんか!


「……? どしたん?」
「あ、いや……」


 畜生幼稚園児の女の子みたいなあどけない顔しやがって。
 ワタシの不気味な顔を別の人に知られてしまったではないか! どうしてくれるんだよ! ワタシ確実に八分に遭うじゃん!! 気持ち悪っていわれるじゃん!