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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.454 )
日時: 2013/08/11 19:26
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)


 記憶喪失になってしまい、名前すら憶えていないワタシ。
 そんなワタシは、現在。


「ご飯出来たばいー」



 労働青年瀬戸要と、同居することになりました。



                 記憶喪失の口裂け女の話 二




「(ほんっとなんでこうなった!?)」


 記憶喪失で住所も何もかも判らない——のを、介抱してくれたこの何も考えてなさそうな青年に拾われ、同居を勧められた。
 いや、そのくだりが判らないわ! と心の中でツッコミつつも、悲しきかな。記憶喪失になってしまったワタシは、他の解決策が見つからないのでした。


「どうしたん? 食べんと?」
「あ、いや……食べマス……」


 しかし、しかしである。


「きゅーのしゃーはきゃーのしゅーばいー(今日のおかずは貝の味噌汁です)」


 この呪文のような言葉をニコニコと笑う男と一緒に暮らすのはどうかと思うんですけど!!
 何? わざと? わざとだろ? たまにふっつーに喋ってるし、絶対わざと呪文呟いてるんだろ!?
 どうやら佐賀弁を喋ってるが、たまに長崎とか博多の言葉も混ざってるし……ひどいときには関西弁も交じってるし……。
 とにかく、助けられたからといって、信用しちゃだめだ。こんな顔をしている奴ほど、信用しちゃだめだ。ヘラヘラと笑っている顔の裏には、絶対に腹黒いことを考えている。
 時を計らって逃げないと……そう思いつつ、ワタシは味噌汁をすする。


「……美味しい」
「ほんなー!?」


 思わずつぶやいてしまった言葉に、瀬戸要はパアア、と目を輝かせて食いつきてきた。
 少しワタシはたじろぐ。


「ま、まあ、お腹空いていたしね。空腹は最高の調味料っていうし? どんなものでも美味しく感じるでしょ」


 可愛げがなく憎まれ口をたたいても、彼は子犬のように目を輝かせたまま。尻尾があったら扇風機か、と思うぐらいに振っていただろう。歳と体格に似あわない無邪気なオーラを見て、ワタシは後ろめたさと罪悪感を感じた。



「(美味しいってだけいえばよかった……)」


 ……いや、ダメだ。信用しちゃだめだぞ、ワタシ。











「それじゃ、俺はバイトに行くきん」労働青年はそういって、まだ会って一日も満たないワタシをこの部屋に置いていった。
 ……なんていうゆるさ。普通知り合って間もない人間を一人暮らししている部屋に置く? 家探しされてもおかしくないぞ?
 だが、ワタシはお金なんかよりも、この部屋から出ていくことしか頭になかった。


「これって、このままこの部屋から逃げられるんじゃ……?」


 時を計らってといったが、その時はずいぶん早くきたようだ。
 善は急げ、という言葉もあるし、ここはもうそそくさと出ていくのが鉄則でしょう!
 そう思って慌てて外に出ようとして、大きな鏡の前を通る。



 それを見て、思い出した。
 自分の顔が、というよりも口が——異様に裂けていることを。



「そうだった……! ワタシってば、外に出ていくこともできないからここにいるんだった……!!」


 思い出して、ワタシはガクー! と姿勢を崩す。

 バカだ、ワタシバカ過ぎる。
 こんなバカさじゃ、例え記憶喪失じゃなくてもすぐに社会の荒波に揉まれるだけじゃないか。
この部屋から出ても出なくても、ワタシの人生はすでに終わっているのかもしれない……。





「……というか、怪しすぎるのよあの男」


 むくり、と起き上って、ワタシは思った。
 あの男の話を聞いていると、あの男には両親もおらず、たった一人でこのボロアパートに住んでいる。しかも高校生で、バイト二つもして。
 切羽詰まった状態ではないようだけど、それでも、見知らぬワタシを養うほどの余裕があるとは到底思えない。
 それなのに、あの男は、素性が良く判らないワタシを介抱して、その上この家に住ませた。
 よっぽど懐が広いのか……それとも何も考えていないバカか。


「それとも、ワタシにいったこと全部嘘なのか……」


 可能性としては、一番最後のがありえる。
 おかしすぎるのだ。そこまでバカみたいに人に優しくしてくれる人とか。


「……なんて、記憶もないのにそう言い切れるワタシもおかしいか」


 そう呟いて、また落ち込んだ。





 違う。
 この、モヤモヤとして黒い気持ちは、決して瀬戸要のせいではない。
 この部屋から逃げたいと思うのも、変なことをされてしまうんじゃないかという恐怖心からでもない。