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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.455 )
日時: 2013/08/11 20:23
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)


 どうしてこうまで、人を疑ってしまうのだろう。
 彼はワタシに対して、ひどいことはしてない。寧ろ、ワタシに対して沢山の善意をくれた。
 二つもバイトすりゃ疲れてるハズなのに、たった一つのベッドを、ワタシに譲った。
 人を呼んで、ワタシを着替えさせてくれた。
 起きたワタシに、暖かいお味噌汁をくれた。

 何も判らないワタシに、「ここに住んでいいよ」といってくれた。


 なのに、ワタシは、あの無邪気な青年を信じられない。
 記憶喪失のせいなんだろうか? ——そうおもったけど、違うような気がした。


「……というか、何でワタシは、記憶喪失になったんだろう」


 ワタシはいったい、何をしていたんだろう。
 何を思って生きていたんだろう。
 この、何かが迫っていて怖いと思う感情は、一体なんのせい?


 思い出してみようとしても、やっぱり思い出すことはできなくて。



 ……ヤバイ。泣きたくなってきた。
 声をあげて、無性に泣きたくなってきた。
 だけど、涙は全然出てこない。

 代わりに出てくるのは、腹の中にある遺物を吐き出そうとする声。

 やだ、考えたくない。
 だけど、考えをやめると、それはそれで、怖くって。


 何で、こうなったんだろう。
 ワタシが、何をしたというのだろう。
 だけど、誰かのせいにするには、ワタシは人と接していない。
 接した人は、瀬戸要だけで。
 だけど彼からは、沢山のやさしさを貰ってしまって。
 彼のせいにするには、あまりにも、優しさを貰いすぎた。


 どうして?
 いったい、ワタシはどうしてこうなったの——?












 それは、何でも願いをかなえてくれた。
 お金も、地位も、人も。
 何の苦労もせずに、ワタシは欲しいものを手にしていた。

 だけど、本当に欲しいものは、何一つなかった。
 何一つ——————。







 夢を見た。
 だけど、夢の内容は起きた途端に忘れていた。


「(いつの間にか寝ちゃったんだ……)」


 うつらうつらとぼんやりとした感覚の中で、ふと、暖かくて大きなものが背中に当たっていた。
 何だろう。そうやって後ろに目をやると、飛び込んできたのは男——瀬戸要の顔。


 びっくりして、巨体を思いっきり蹴飛ばし殴ったけど、仕方がないよね。


                ◆


「ったく、信じらんない! 淑女が寝ている隣で寝るなんて!」
「いやあ、あんまりにも気持ちよさそうに寝とったから、つい……ごめんったい」
「といいつつ何でアンタは折り紙を折ってるのかなしかも千代紙!」
「そうギャーギャーギャーいわんでー!」
「三つ繰り返しやがった!?」


 ホント、この男ふざけてる!
 などといいつつも、ワタシも千代紙で鶴を折っていた。


「記憶喪失で名前すらおぼえていないのに、鶴は折れるとか不思議すぎるわ……」
「ほんなこつなー」
「というかアナタ大量に作ってるわね……千代紙って普通の折り紙より高いのに、何でこんなに……」


 洗濯物か、と思うような折るスピードに、ワタシはいったい何のために折っているのか、と思わずにはいられなかった。