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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.456 )
日時: 2013/08/11 20:25
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

「ああ、これなー」不機嫌な顔をしたワタシとは対照的に、その男は微笑みながらいったのだ。


「これは、俺の孤児院で亡くなった兄弟姉妹たちのための折鶴なんじゃ」



 折る手が、止まった。


「死因は、それぞれなんじゃけどな? 病気だったり、事故だったり、様々な理由で死んじまう。それはこの世の中じゃ当たり前なんじゃけど、特に孤児院は、人の死が多い場所じゃと思う」
「……」


 唐突の告白。
 なんていえばいいのか判らなくて、ワタシは無言を貫こうとした。














「——何にも出来なかったわけじゃなかとになあ」


 だけど、無理だった。


「何もしなかったわけでもなか。俺は、精一杯やった。頭ではわかっとるのに、全然理解できとらん自分がいてなあ……」


 何で。
 さっきまで、あんなにもバカみたいに笑っていたのに。
 殴られても罵られても、全然平気な顔をしていたのに。

 何で、今更そんな、切なそうな顔をするの。
 ワタシが、「何のために折ってるの?」と聞いたのが悪かったの?
 ワタシのせいなの? ——だけど、なんで。



「だからこうして、せめての冥福でお盆に折鶴折っとるんじゃけど……って、どうしたん?」
「……ワタシを、何で拾ったの?」


 ワタシは、思わず直接訪ねた。




「——ワタシは、何の役にも、立つことないのに」



 ——今さっきまでの変な疑惑は、この彼の顔で晴れた。
 ワタシが聞いてはいけないことを、彼は、切なそうに笑っただけで、 ワタシを責めなかった。ワタシは、彼に覚えていない名前を聞かれて、とてもイライラしていたのに。
 もしかしたら、これも演技かもしれない。でも、ここまでの演技は、きっとしない。


 彼は全部、全部、ワタシの為にしてくれたんだ。


 だから、なぜ、と思った。
 碌にお礼も言わず、散々疑っているのに、散々ひどいことしたのに、何で、この人は。
 ここまで他人に尽くしてしまったら、信用してしまったら、裏切られたとき、とってもつらい目に合うはずなのに。どうして、ここまで。



「……別に、俺も誰でも彼でも助けるわけでもなかよ? あーたが倒れた時、助けるのが当たり前じゃと思った。それだけなんじゃよ」


 彼は、未だに笑いながらいった。


「理由は上手くいえんけど……たった一言で表すんじゃったら、それは縁なんじゃろうなー、って思ったけん」
「……縁」
「きっと、良い縁と思ったけん。じゃから、これを逃すのはよくないなー、って思ったんよ」


 きっと、良い縁。

 瀬戸要は、まともに話してもないうちから、ワタシを信じて、ここまでしてくれた。彼のことだから、「信じる」というより、当たり前のようにしたことなのかもしれない。
 彼は、ワタシに何かさせるために尽くしてくれたわけじゃないんだ。
 なのに、ワタシは、尽くされても、彼を全然信用しなくて——。





 ポロリ、と涙が出た。



「!? ど、どうしたと!? 何か悪−こといった?」
「違うわよ!」


 出てくる涙が、止めようと思っても止めれなくて。
 苛たって、彼の言葉を乱暴にさえぎる。


「自分のあまりにもバカさ加減に、あきれてるだけ……」



 ホント、ワタシはバカだ。恥ずかしいぐらいにバカだ。
 よくよく観察すれば、判ったハズなのに。
 フワフワと気持ちいい布団。女物の衣服を貸してくれたこと。美味しい貝の味噌汁を作ってくれたこと。
 すべてが、優しさで詰まっていた。


 千代紙の上に、ポツリポツリ、とシミが出来る。
 何てみっともないんだろう。異様に口が裂けている顔じゃ、もっと凶暴にみられるだろう。
 でも。



「(泣いて、満たされるなんて)」



 あれだけ貰った優しさが、やっと染みわたった。
 あれほど嘘みたいに疑っていたのに、それは、ワタシが泣くことで、ようやく信じることができたのだ。——彼だけではなく、自分も。




 怖かった。
 信じて、裏切られることが。
 だけど、信じないのも怖かった。

 ワタシは、名前も過去もなにもなくて、顔もこんなので。
 誰にも、認められないんじゃないかって。
 口だけで、本当はみんなに「いなくなれ」って思われるんじゃないかって。

 何も覚えてない、頼るものもないワタシは、自分という基準が、判らなくて。
 要は、自信がなかったんだ。
 だから、みんなの要望に合わせて「自分」を作れば、誰かには認められるんじゃないかって。
 だけど、自分を殺すのも、怖くて。


 こういう生き方は、記憶喪失だからというわけじゃなくて、もともとのワタシの性格なのかもしれない。


 でも、彼は。
 要は、「ここにいていい」っていってくれた。
 認めてくれる人は、すぐ目の前にいるんだ。


「……千代」
「え?」
「ワタシの名前は、千代っていうの」


 その言葉に、「え、思い出したと?」と彼が驚きながら聞いた。
 ワタシはその時、ようやく笑うことができたのだ。




                 「ワタシがそういえば、きっとそうなのよ。きっと」



(これから、ワタシはどうなるか)
(それは、ワタシにすら判らない)

(だけど、何も判らなくても、完璧じゃなくても、きっと、この人なら受け入れてくれる)