コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.460 )
- 日時: 2013/08/22 14:05
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)
どうもみなさん。お忘れではないでしょうか。主人公の、三也沢健治です。
前回のフリから、突然話が変わりますが、皆さん驚かないでください。
ただいま、俺は。
「ほら、ケンちゃーん!」
「止めろぉぉぉぉ! 手を引っ張るなああ!」
ただいま、フウに、女子トイレに連行されかけています。
————しかも、女学生の姿をさせられて。
現実でも社会的にも、俺、絶対絶命!
第三章 文学少女と文学青年
話は、あの日に戻る。
あの後、千代と呼ばれた女の口元を見て呆然としている俺たちに、瀬戸はなんてことなく話し始めた。昨日、夜勤のバイトで出会ったこと。その時千代が倒れたこと。それを介抱したこと。目が覚めると、千代に記憶がなくなっていたこと。自分の名前すら憶えていないので、成り行きで一緒に住むことになったこと。
『……最後が明らかにおかしくねぇか?』
『そうじゃろうか?』
年頃の男女が一緒に住んでたらだめだろ。……と思うが、コイツの性格だと、そんなやましい理由からじゃないと明らかに判るから、どうもいいにくい。
『……このこと、芙由子さんは?』
芙由子さんというのは、瀬戸の後見人で、母親のような存在の人の名前だ。さすがにその人は反対したんじゃ……と思ったのだが。
『自分が思うようにやりなさい、って。お金はギリギリなんとかするけど、だからといって節約しないでいいわけじゃないからね、とも釘刺されたばい』
『……そうか』
この前一度だけ会ったが……ホント、豪快な人だな。この子ありしてあの親あり、ですか。
……というわけで、この件は一度置いといて、俺たちは家を出た。
『……ひょっとしてあの千代って女の子が、巷の通り魔なのかな』
レオから聴いた、通り魔の犯人の噂。
口裂け女。
千代はまさしく、口裂け女だった。そのことについて忠告しようと思ったのに、千代の手前では良心が邪魔をしていえなかった。
『うん……そう思ったけど、あの子を見ている限り、そんなに悪い子ではなさそうですし、そもそもあの無邪気で優しいカナちゃんに告げるのは酷ですし……というか、本人が犯人と決まったわけでもないですし……』
うーん、と悩むフウ。
確かに。何の根拠も証拠もないのに人を疑うのもどうだが、このまま判らないことを放置していれば、瀬戸にどんな危害が加わるか判らない。
しかし相手は記憶喪失といっているから本人に聞けるわけがない。もし千代が犯人で、記憶喪失という嘘をついていたとすると、直接聞いたら本当に瀬戸に危険が及ぶ可能性が限りなく高くなる。
『……こうなったら、あの人に聞いてみましょう。あの人に知らないことなんてありません』
『あの人?』
『トイレの花子さんです』
◆
「だからって何が悲しゅうて俺が女装して女子トイレに入らなきゃならんのだ!?」
「一緒に事情を聴いたほうがいいでしょー!?」
グイグイ、グイグイ。
「大丈夫だよ、今のケンちゃんはどうみたって女の子にしか見えない! バレないって!」
「フォローのつもりなんだろうけどそれは男子にとって痛撃な一言だぞフウ!!」
「あーもー、もたもたしたら、逆にバレちゃうよー!?」
その一言が、踏ん張る俺の脚の力をゆるませた。そしてその時には既に、女子トイレに踏み入れていたのだ。
「……」
「大丈夫大丈夫。この女子トイレ、もうほとんど使われてないんだから……っと」
そういう意味じゃねぇだろ。そのツッコミはなんかもう、どうでもよくなった。
フウが、左から三番目の個室のドアを三回叩く。
「トイレのはーなこさん。遊びましょ」
一拍の間が空く。
一瞬気が緩んだ隙に、ドンドン!! という乱暴な音が響いた。
「な、なんじゃこりゃあ!? とびら、が! 開かんぞ!?」
ついでに、甲高い声も聞こえた。
最初はビビったが、ずっと続くものなので、その音にも慣れてしまった。
そしてまた、音が止む。
……飽きたのか?
「ほわちゃー!!」
「わ————ッ!?」
——と思ったら、甲高い音とともにバッターン! と豪快な音を立てて、扉が開いた。