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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.461 )
日時: 2013/08/23 20:12
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)


                    ◆


 その少女は——いや、トイレの花子さん——。
背丈は、平均女子高生の中でも低いフウよりも小さい。肩に届くか届かないかぐらいの長さで、噂通りおかっぱ頭であった。

 んで、その噂の花子さんは、盛大に息切れをしながら、妙に古めかしい言葉遣いでフウに愚痴っていた。


「ハアハア……錆でドアが開かないとかふざけとるじゃろ……何でこのトイレはこんなにも寂れてしもうたんじゃ?」
「それは花子さんが昔ハッスルしすぎて女子高生を散々脅かしたからでしょ」
「それはおのこどもが勝手に女子トイレに入り、散々このトイレに悪戯したからであろう! 正当防衛じゃ!」
「それで女の子も脅かしちゃ意味ないじゃないですか……」



 ……この学校には、七つの怪談がある。生霊の頃のフウも、屋上から飛び降りた女学生の悪霊だとされていたが(実際の事実は全く違う)。それでもこの『左から三番目のトイレの花子さん』は全国的にも有名だ。
 噂では、さほど昔ではないが昔々、ある一時期にトイレットペーパーで人をグルグル巻きにしたり、上から下剤を降らせたり、水道管を破裂させたり、良く判らないがコーヒーを便器から噴き出したり(本当になぜ便器の中から?)と、悪質のようだがよくよく考えると命の別状はない出来事だらけが起こったらしい。
 ホントかよ、と聞いたときには思ったのだが……本当のことのようで、このトイレも一時期「花子さんの祟りか?」と恐れられ、一時封鎖されたとかされていないとか。


「そんなトイレの花子さんと仲が良かったのかよ、フウ……」
「うん。花子さん、わたしが幽霊だと意識した時には既に居たから」


 そういって、フウはちょっぴり儚げな顔で笑った。


「花子さん、こう見えて結構多忙の身だから、そんなにしょっちゅう会えたわけじゃないんだけど……それでも、花子さんと違ってわたしは人には干渉できなかったから、声をかけてくれたんです」
「フウ……」


 思わず俺が感動して名前を読んだ時、すぐにフウはころり、と表情を変えて、こういった。


「昔はよく麻雀してましたよねー」
「うむ。またしたいの」
「麻雀って四人だよな?」


 俺が突っ込むと、花子さんは、


「何じゃ? 一人二役やればよいではないか」
「一人相撲!?」
「一人でも相撲でもなくて、二人麻雀だよ」


 というか、なぜトイレの中で麻雀するんだよ? っていうか麻雀の道具揃えてるのかよ? ドコで手に入れたんだよ? というか二人なんだからチェスとか将棋とかオセロとか囲碁とか、そういうボードゲームやれよ。
 いろいろいいたいことはあったが……このツッコミにツッコミの価値があるか判らなかったので、口をつぐんだ。


「……して、これはフウのなんじゃ?」
「あ、これはわたしの……」
「ちょっと待ったぁ!」


 花子さんの尤もな質問に、フウは答えようとしたところを、慌てて止める。


「(絶ッッッッ対、俺が男だっていうこというなよ!?)」
「(あ、そうでした。忘れてました)」


 あ、危なかった……このままだと、女装したまま女子トイレに入った変態だと思われる羽目になった。しかも噂の花子さんに。


「なんじゃ? 急にコソコソと……」
「あ、いえいえ!! こ、この人は、わたしのお友達です! 生身に戻ってからの! 名前は、ケンコちゃんっていいます!」
「(名前が適当すぎる!)」


 訝しげな顔を隠さない花子さんに、フウは逆に怪しまれそうな慌てぶりで取り繕った。すると、当たり前だが花子さんは更に顔を険しくして。


「ほー。……一目見た時には、声の低さもあって、おのこだと思ったのじゃが……」


 その一言に、ギク、とフウが分かりやすく動揺した。俺もフウほどではないが、内心では激しく動揺した。
 まさか、バレたかッ……!?









 ——だがその心配は、杞憂に終わる。





「——ま、こんなに可愛いのが、汚れたおのこなわけがないな!!」




 花子さんは、とっても清々しくいい笑顔で、こういった。
 それを聞いたとき、俺の脳内では、何かが落っこちて、地面に盛大に落ちる音がした。



「(よかったですね、ケンちゃん! どうやらばれなかったようですよ!)」


 フウが嬉しそうな顔で、ヒソヒソと俺に話しかける。
 ……バレなかったことには心底安心したが、その代わりとても大切なものを失ったような気がした。