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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.466 )
- 日時: 2013/08/28 20:57
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)
◆
「ふむ。口裂け女のことじゃな? 確か今巷を騒がしとるのも口裂け女という噂があったの」
「はい。その千代ちゃんっていう子がどんな出自なのか、そして本当に通り魔事件の犯人が口裂け女なのか、花子さんに調べて貰いたいんです」
お願いできないでしょうか、と頼むフウに、花子さんは小さな首を傾げて考えた。
「ふむ……まあ、本当に口裂け女と決まったわけじゃなかろう。生まれながらそういう顔の方もおるからな」
「そうなの?」
「名前は忘れたが……そのせいで、別に身体に支障がでるワケではないのに、おろされた赤ん坊は数え切れぬ。その上記憶喪失となると……よほどワケが深そうじゃ」
あ、それ俺知ってる。
「口唇口蓋裂って奴だな」
「そう、それじゃ」
「知ってるの、ケンちゃん?」
「昔、流行った有名怪談アニメで口裂け女の話をやるハズだったのに、その障害者団体から抗議を受けて、中止になったんだってよ」
今じゃそれやりすぎじゃね? って、それを知ったときは思ったけど、後からネットで調べて思い直した。昔はそんなに敏感になるほど、そのせいでおろされた赤ん坊が多すぎたんだ。
「でもそれ調べたんだけど、確かあれは鼻の方に唇がいってるやつだろ? 俺が見たのは、耳まで裂けているのだったけど……」
「物の例えじゃ。そういう元からの口の形もあるじゃろう。じゃからその……判ってると思うんじゃが、あからさまに触れることはやめておけ」
「わかってます」
真剣な顔でフウが頷いた。
「といっても、腫物扱いも明らかにしちゃいかんが」
「……難しい注文だなあ」
「難しい注文でもじゃ」
良いか? と、花子さんは柳眉に皺を寄せながら、何度も釘を刺した。
「……なんか、花子さんって」
「ん?」
「噂とは違うイメージだなあ、と」
うちの学校の七不思議とか怪談は異色だとしても、全国的の花子さんの噂は、呪いかかってきそうなぐらい怖い話が多いのに(例外もあるが)。会ってみると、随分母性的で驚いた。
「本来の花子さんというのは、わしのように『子供を見守る役目』を持つものだからな。まあ、例外もあるが……」
「え、花子さんってまだ居るの?」
「……人間も一人じゃなかろう」
「お稲荷さんの使いの狐も一匹や二匹じゃないでしょう?」
いやまあ、そうなんだけど。というかフウの例えは良く判らない。
ん? ということは何か? 全国各地の学校にそれぞれ花子さんが居るのか?
「まあ、わしみたいな花子さんは、『全国の学校のトイレ同盟〜子供たちを見守る隊〜』に入ってて……」
「長ぇよ!!」
「え、そっち?」
いや、そんな同盟や隊があるのにも驚くけど、それでも長い方に驚くわ。
「わしもそう思う。じゃから最近は、『ZTK』と呼ばれておるぞ」
「何その加盟国みたいな略し方」
「このほうがカッコいい、というトイレの花子さんが増えてなあ……普通に見守る隊でいいんじゃないだろうか、とわしも思うんじゃが……。まあそれは置いといて」
ゴホン、と可愛らしい咳払いを一つして、花子さんはいった。
「他のトイレの花子さんにも、話を持ち掛けて情報を集めよう。わしに知らぬことがあっても、他の花子さんに聞けば、集められん情報はない。必ず、そなたたちの要望に応えよう」
その代わり、と花子さんは続ける。
「その子のことは、とても他人ごとではないぞ。人間何時、一人になってしまうか判らないからな。出来るだけ、多く接してやれ」
「判ってますよ、いわれなくても」
フウは笑っていった。
「じゃ、千代ちゃんの件、お願いします。帰ろ、ケンちゃん」
「あ、ああ」
「——あ、ケンコとやら」
花子さんが呼び止める。
俺は振り向いた。呼ばれていないフウも振り向いた。
花子さんは、あ、……と声を漏らし、いいかけてやめて、いうのを抑えるような顔で俯いた。
何だろう、と思っていると、花子さんはパ、と顔を上げて。
そして、微笑んでいった。
「————フウと、仲良く、な」
「(……なんか、俺が男だとバレていたみたいだな)」
錆でギシギシと音を立てるドアを、そっとしめる。
俺はあの花子さんの笑顔を思い出し、考えた。
通り魔かもしれない、でもそうじゃないかもしれない、黒白はっきりとしない女の子の話をしても、その子が口が裂けてたといっても、その子が記憶喪失かもしれない、でもとても怪しいという話をしても——彼女は、疑わなかった。
人は簡単に、悪い噂を信じてしまうというのに。なのに、深く、思いやりを持っていた。
あの慈悲深さは、人じゃないからだろうか。それとも、年の功だろうか。……それとも、昔、何かあったからだろうか。
フウと出会ってから、『普通じゃ考えられない』出来事や存在にあってきた。
最近なんとなく思う。ひょっとしたら、生きているものだけじゃなく、石にも花にも空にも心は存在しているんじゃないかと。
きっとこんなことをいっても、大抵の人は「ありえない」って、バカにするんだろうな。
でもきっと、その人たちは、深く考えていない。
軽薄な知識や常識に溺れて、「知ったつもり」でいるんだろう。
「(……まあ、あんまり考えすぎる人も、面倒くさいからちょうどいいんだと思うんだけど)」
それでも、思うのだ。
思考や五感を研ぎ澄まして生きていた昔の人は、とても大変だったろうけど。それでも、人じゃないものを崇め、想像し、慕い、敬い、そしてそれは自分じゃない、他人に向けてもそうであって。
……それをすべての人間がやめてしまえば、人間はどうなってしまうだろう。
きっと、同じ人に対しても、「心がない」と思い、深く考えず人を傷つけるようなことをいうのではないだろうか。
考え過ぎだろうか。それでも、そんな人間は、この社会にどれだけいるだろう。
そうなってしまったら、人はどうなるんだろう。
そんなことを、考えた。のだが。
こいつの登場で、すべて考えていたことが吹き飛んだ。
「あれ、フウちゃんじゃん」
……。
「どうしたの、こんな寂れた女子トイレ使って」
…………なんで。
「あ、橘さん」
「徹でいいって何時もいってるのにー」
何でお前がここに居るんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
と、声を上げたいが、あげれない。声でバレてしまったら、本当に俺社会的に死んでしまう!
「……ねえ、この子誰? 友達?」
「あ、うん。そうだよ」
フウが軽く答えると、ふーん、といって、橘は俺の顔を覗き込んだ。
……頼む、早くどっかへ行ってくれ…………!!
「へえー、美人だねー。目つきが悪いのがちょっとあれだけど……こんな美人、この学校に居たっけ?」
「あ、うん! い、いたんだよー」
若干冷汗が見えてるぞ、フウ。
何てツッコミもしたいができない。早く逃げたい気分でいる俺は、体中の理性を集めて、何とか踏ん張っていた。
「お嬢さん、初めまして。僕の名前は、橘徹といいます」
橘は片膝をついて、キリ、とした目でいった。若干、頬が紅潮している。
そして俺の手を取って、こういった。
「僕今、彼女募集中なんです。アナタのようなお嬢さんなら、僕は何時でもウェルカムですよ……」
——ピシャリ、とすべての神経が固まった。
青天の霹靂っていうのか? こういうの。だが生憎と、それを思い出す余裕は今はない。
……何で。何でよりにもよって女装姿で、しかも男のダチに告白されるんだよぉぉぉぉぉぉ!!