コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論 ( No.469 )
- 日時: 2013/09/01 21:29
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)
◆
「……で、ショックで干物みたいになっちゃったのね」
「はい……」
ダメナコが欧米風に驚いた、とでもいうような顔で、俺を見てくる。
俺は図書室の大きなテーブルに突っ伏して(ついでにもう着替えてる)、声を出すのも億劫なぐらい力を取られていた。
「放って置いてくれ……どうせ女には男の気持ちなんてわかるわけねえよ……」
「……荒んでるわね」
「荒んでますねー」
隣で、フウとダメナコが顔を見合わせる。
「でも、萌える展開よね。惚れた女の子が実は女装した男の子とか」
「わたし、腐女子じゃないから、衆道はわからないんですけど……」
「諷ちゃん、あなた人生の半分も損をしているわ」
「半分も!?」
「ちなみに、受けは三也沢君よね。告白したのが橘君だし……」
「え? でも肉食系女子が今の世の中に居るんだから、二人が付き合ったらケンちゃんが攻めになる場合も……」
「本人の前で気色悪い妄想してんじゃねえええええ!」
「冗談よ」
「冗談だって、ケンちゃん」
たまらず声を張り上げて根も葉もない妄想を中断させる。大して二人は反省していないが。
「……というか、フウよ。お前一応俺の彼女だよな?」
昔は「俺の彼女」という単語が堪らなく恥ずかしかったなあ、と思いつつ、俺は聞いた。
「……エヘ」
「エヘ!?」
「いや、別にケンちゃんに飽きたっていうわけじゃなくて! ただ、その場のノリでいっちゃったんですああグーで構えないでごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」
「……何やってんの」
ギャーギャーと騒いでいる中、冷ややかな声が入口から聴こえ、声が止んだ。
「あ、雪ちゃん!」
フウがその声の主を見て微笑んだ。
声の主——我が図書委員杉原は、片手を上げて、同じように笑う。
「やっほ、フウちゃん。図書室だっていうのに、相変わらず賑やかだねー」
「あ……ごめんね」
気まずそうにフウが謝った。——そういやここ、図書室だった。
だが、杉原は大して気にしてないように笑って、
「今回はフウちゃんとその他二名だから、許す」
「俺らその他二名!?」
「ちょっと、私司書なんだけど」
「司書なら図書室では飲食しない、とか、司書の仕事をまともにやる、とか、騒がない、とかしないんですかね」
「……」
「うわお」
「正論だな」
寧ろそれが常識と化して忘れていた。危ない危ない。
正論をいわれてそっぽ向いたダメナコが開き直って「私に常識と正論と働きを求めてはいけない!」といい、杉原が「開き直ったって現実は変わりませんからね」と、言い争いが勃発。また騒がしくなりそうになった途端。
「……あのう」
また、入口から、申し訳なさそうな声がかかった。
今度は、聞いたことのない声。
注目していると、ピョッコリとその声の持ち主は、顔を出した。
「……そろそろうちを紹介してくれん?」
「あ、ごめんごめん優ちゃん!」
杉原が駆け寄り、入口に居る子を引っ張り出す。
……見たことのない女の子だった。というか、制服がうちの学校のじゃない。
「この子は、星永優ちゃん。あたしたちのいっこ年下で、二学期から転校することになったの」
「初めまして」
「あ、どうもご丁寧に……」
星永、と呼ばれた女の子が頭を下げた。つられて俺も、頭を下げる。
「右から順に、三也沢健治君、宮川諷子ちゃん、そして、この図書室の司書の先生ダメナコせんせー」
「ちょ、それ本名じゃないわよ」
ダメナコが慌てて修正に入る。殆ど本名だろうが。
フウも、すくっと立ち上がって、手を差し伸べた。
「初めまして、優ちゃん。諷子です。フウって呼んでもらうと嬉しいです」
そういって、ニッコリと笑う。
戸惑った星永は、その手を握らず、フウの手と顔を交互に見た。けれど、ニコニコと笑うフウを見て恐る恐るフウの手に触れた。フウはゆっくりと、しっかりとその手を握る。
ニギニギ、と握るフウに、緊張していた星永の表情が、だんだんとゆるんでいくのが判った。前から思うのだが、フウには人をほぐす何かがあるようだ。杉原を見ると、杉原は確信したような笑みでいる。
星永は照れを隠さずに、ゆっくりと口を開いた。
「……フウ、先輩でええやろうか?」
————ドキューン!!
……何の音だ。
「……ケンちゃん」
「なんだ、フウ」
「先輩って……先輩って……!」
見るとフウが、身体を震わせていた。
しかし、興奮を抑えられなかったようで、
「先輩っていわれました!! うわー! 後輩だー! 友達の中でも、後輩ですよー!!」
「落ち着け」
ブンブンと星永の手を握ったまま振るフウに、すかさずツッコミをいれるが、ダメだこりゃ。聞く耳持たない。
星永は滅茶苦茶戸惑った顔をしていた。——ごめんな、星永。こうなったフウは誰にも止められない。
暫く待ったほうが賢明だろう——と思った時、意外にもフウが、すぐに動きを止めた。
「は! そうでした! もうそろそろいかなくちゃ!」
「何処に?」
「忘れたんですか!? 瀬戸君が、今日は夜間のバイトがお休みで、喫茶店の方も早く上がるつもりだから、うちに遊びに来ないかっていってたこと!!」
「……あ!」
思い出した。
そういや昨日、千代が危険人物かもしれないから、出来るだけ目を光らせるために、「暇な時瀬戸の家に来ていいか」っていったんだった!
慌てて俺は、鞄を取る。
「待ってください!」
今にでも飛び出すつもりだった俺たちを、星永が止めた。
「ひょっとして……その人って、瀬戸要ってゆう方じゃないやろうか!?」
新たな後輩は、労働青年の知り合いだった
(と、ここで、また新たな物語が始まる)
(……のかな?)