コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論 ( No.480 )
- 日時: 2013/09/18 22:07
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)
◆
あのね、ワタシね。
昔、何もできなかったんだよ。
何にもできなかった。できなくても、克服しなくていいやって、何処かで思っていたんだ。
何処かで、努力しなくても、世界は勝手に回るからって。
そう思いつつ、ね。
辟易していたんだよ。不満を持ってたんだよ。
いろんなものに満たされているくせに、
心の中は、幸せじゃなかったんだ。
だけど、ね。
あの日、あの夏。キミがくれたやさしさと厳しさがね、変えてくれたの。
ダメだと一線を引いてくれた厳しさが。踏み込まないといけないといった厳しさが。
失敗しても、褒めてくれたやさしさが。踏み込めれないとき、ただ、見守って待ってくれたやさしさが。
ワタシを、沢山、かえてくれたんだよ。
◆
次の日。
朝起きて、気が付いたら、ワタシ、料理をしていました。
……否。しているつもりでした。
「……何、コレ」
「何って……食パン」
「え、食パン!?」
「ちょっと焦げちゃったけど……」
……いや、ちょっとどころじゃない。
これはどう見たって、灰だ。ダークマターだ。食への冒涜である。
目玉焼きも……全然だめだった。
「……ごめん、要」
「……これ、千代っちが作ったと?」
改めて要が聞く。ワタシは、羞恥と罪悪感で顔を俯かせた。要がどんな表情をしていたのか、判らなかった。
——ああもう、ワタシのバカ。この役立たず。そればっかりか、足を引っ張ってさえいる。
何で今日、朝ごはんだなんて作ろうと思ったのよ!!
そう思った時、ふと、あの肉じゃがと、要と宮川諷子の笑顔が頭をよぎった。
けれど、何でかそれを認めてはならないように思えて、すぐ気のせいだと取り消す。
……。ワタシ、要から早く自立したいって思ったから作ったの。このままじゃいけないから。迷惑ばかりかけたくなかったから。
——だけどこんなマズいもん、誰が食べるっていうのよ!?
っていうか洗濯物すらろくに畳めなかったワタシが料理なんて出来るわけないじゃない。何やってんだワタシ!
呆れられた。きっと、怒ってる。
そう思った時だった。
バリ! という音と、香ばしいというよりむしろ焦げた匂いで、ワタシは顔を上げる。
見るとそこに、小さなちゃぶ台の上で灰になった食パンをかじる、要の姿があった。
「って、ちょぉぉおぉ!?」
慌てて止めてももう遅い。
「んー……ちょっと苦いったい……」
「いやちょっとどっこじゃないし! 早く吐き出して! 死ぬ、それはあまりにも身体に悪すぎるから!」
血相変えて、慌てて止めても、要は笑うだけ。おかしいぐらいに、おかしいように。それで、食べることを止めない。
まるで、本当に美味しいかのように、笑う。
それを見ると、胸が痛いと感じられるように、なのに優しく締められる。
泣きたくなった。
昨日とは、別の意味で。
昨日、「人とかかわらなきゃいけない」って厳しくしていたくせに。
……なんで、この人はこんなにも。甘ったるいぐらいに。
「……ワタシも食べる」
「え!?」
ストン、と席に座って、灰になった……もう炭になったでいいや。それを口に含んだ。
「……うわ、ニガ! ニガ! ニガ! まっずぅ!!」
のたうち回る程ではなかったが、それでも叫ぶぐらいには十分すぎるほどまずかった。
「ああ俺がいわんかった一言ば!!」
「——って、やっぱまずかったんじゃない!!」
「……うん、まずかった」
その一言で、シン、とその場が静まる。
「……ブハア!」
「……な、何で笑うのよ…………アハハ!」
噴き出していた。笑っていた。
笑い声が絶えぬまま、ワタシは炭と化した食パンを食べる。
不思議なんだ。絶対、絶対昨日の肉じゃがの方が美味しいはずなのに。
「……でも、昨日の晩よりも楽しかばい」
要のいう通り、今日のごはんの方がずっとずっと、楽しくて。嬉しくて。
失敗しちゃったのに、すごくすごく、嬉しくて。人の為に作れるって、こんなにも凄いことなんだって、こんなにも嬉しいことなんだって、初めて知った。
一緒に居るって、こんなにも心躍るものなんだね。
こんなにも、嬉しいことで。
このやさしさは、決して無償なんかじゃ、ない。
……いつか離れなきゃいけないというのは、判るけど。
「……今度の休み、一緒に晩御飯ば作ろう?」
教えるけん、と要は笑った。
その笑みに、ワタシはぎこちなく返す。
——今だけは。今だけは、このやさしさに、甘えていいんだ、よね?
厳しさよりも、甘いやさしさ
(瀬戸要。記憶を失ったワタシを拾ったのは、)
(厳しくて、それに比例するように、甘いほど優しい人)
(この人が居たから、ワタシは、ワタシの世界を変えられたような気がするの)