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Re: 臆病な人たちの幸福論【一周年ですよ!】 ( No.486 )
日時: 2013/10/06 21:40
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)

            ◆


「……何でこんな大人数なの」


 ……まあ、案の定というか。
 人に会いたくないというか人に口元を見られたくない千代(マスク着用)は、ぶっすーっと頬を膨らませていた。


「まーまー、千代っち」
「そんな怒るなって。美味い饅頭買ってきたからさ」


 右手に持った有名なの和菓子屋の緑茶ひよ●饅頭を買ってきてやったんだ。……近畿のいったいドコで買ったんだというツッコミは、いわないで欲しい。
 けれど、口裂け女さんはそれを見ても


「ワタシは菓子一つで機嫌が直るほど子供じゃないわよ!」
「……フウは菓子一つでなおるぞ。これでも八十歳ぐらいは生きているはずだが」
「は?」
「ちょっ! ケンちゃんそういうネタはやめて!」


 フウが青い顔で腕らへんに手刀を入れる。痛い。
 大丈夫だろ。普通、こんな外見で八十歳以上いってますといわれても、何それなんていう冗談とでしか返されない。
 現に千代は、聞き間違いだっただろうとでもいうような顔をしている。……こいつ良く感情が顔に出て判りやすいな。




 ——まあでも、千代の怒る理由には、返す言葉もない。
 瀬戸すらも、最初は苦笑いでこういった。


『……今日はまた……えらい大所帯じゃ……俺の部屋に入りきるかな……』


 ……よくよく考えたら、瀬戸の小さな部屋にこんな大人数が入ったら酸欠になるじゃないか。
 そう思っても後悔役に立たずだった。
 まあ、そこは人当たりが良い瀬戸。そういいながらも、もうすでにちゃぶ台にはお茶が人数分振舞われていた。



「久しぶりったいねー、優っち」
「久しぶりです、師匠」
「師匠はやめてったいー。たまに空手の道場に師事しとっていっても、しょせんアマチュアなんじゃけんー」
「師匠は師匠やで。私を変えてくれた、大切な」


 ……なんだろう。このフワフワとした空気は。
 そして今まで謎だった星永の「師匠と弟子」発言が、なんとなく明らかにされてる。深淵の謎だと思ってたのに。なんだろうこのあっさり感。



「……お前空手やってんのか」


 俺が聞くと、瀬戸が照れながら頬をかく。


「今はやっとらんよー。昔ちょっとかじっただけばい。今じゃちょっと道場を覗いてたまに相手にするだけったい」
「やけんど師匠、ホント鬼みたいに強いんやで。それに、稽古もまじめにつけてくれる。最近じゃ互いにいそがしゅーてたまに電話するぐらいやったけど」
「そういや、優っちうちの学校に転校するって? 楽しみにしとーよ!」
「そん時はまたよろしゅう。そやけど、ビックリやった。試験とかあるんかなーと思っとったら、全然なかもん。ほんまに高校なんかいなって思ったわ」
「校長が校長やけん。それに優っちの学校は進学校じゃろ? 優っち英数得意じゃけん、試験うけんでもトップクラスやったら何としてでも引き込みとーと思うばい」


「……」
「……千代。寂しい気持ちはわかるが、ひよ●饅頭に八つ当たりはするな、ひよ●饅頭に罪はない。首が締め切られたようになっとっぞ」
「うっさいわね、寂しくなんかないわよ……!」
「千代ちゃん……泣かないで」



 なんだこの疎外感。千代ほどじゃないが、本来呼ばれて来たハズの俺は立ち位置がなくて肩身が狭い。物理的にも、精神的にも。
 ……親しいモノが久しぶりに会った時って、こんな感じになるんだな。俺友達少ないから、知らなかった。今初めて知ったよ。そして、そっちのけで話を進められると、こんなにも寂しいんだなあ……。
 これこのまま放置プレイなのかなー、と諦め半分で思っていると、杉原が星永を止めた。


「優ちゃん……久しぶりで色々と話したいところに水を差すのは悪いんだけど。そろそろ止めないと……」
「へ!? あ、ご、ごめんなさい!」
「そうやった……二人ば呼んだの、俺やというのに。ごめんなー」



 ギリギリ、ギリギリという歯ぎしりの音が横から聴こえる。
 ……千代の手には、手のひらサイズのひよこの形をしていたはずの饅頭が、いかにもグロテスクな形であった。……マスクつけてるか否なんて関係ねーな。普通にこれってホラーだよな。


「……あ、いや」
「それよりも、千代ちゃんちょっと泣きそうだから、瀬戸君は千代ちゃん構ってもらうと嬉しいカナって……」
「泣いてないわよ!!」
「うん、泣きそうなんだよね」
「泣きそうにもなってない!!」


 そういっている千代の大きな目には、誤魔化しようがない涙が溜まっていた。
 ……どこのツンデレだ。そう思ってしまうほど、千代は素直じゃなかったのだ。


「千代っち、寂しかったと?」
「だから寂しくなんかなかったって!」


 真顔で聴く瀬戸に、千代はしかめっ面な顔を赤くして叫ぶ。
 すると瀬戸はニッコリとした顔で、ちゃぶ台から少し離れた場所に座りなおした。
 胡坐をかいて、膝をポンポン、と叩く。


「……何それ」


 千代は半開きした目で聞く。俺は瀬戸が何をしたいのか判らなかった。フウも杉原も、キョトンとした顔をしているから、多分俺と同じように疑問に感じているんだろう。

 ただ一人、星永だけは。「あーあ」とでもいうような顔をしていた。……いかにも「めんどくさいことになるなあ」とでもいうような顔で。漫画だった頭の斜め上に縦線が引いてあるようなそんな様子で。



 ……そして。瀬戸は、ものすごくいい笑顔で、こういったのだ。










「ここにおーいでっ」


 ……そして、ポンポンと膝を叩く。
 流石に、鈍感やらデレカシーがないやらヘタレやら……あいや、それは関係なかった。まあ、散々いわれてきた俺ですら、その行為が理解できた。
 つまり——瀬戸は千代に自分の足元に座れ、といっているのだ。


 案の定、ツンデレ千代は顔を真っ赤にした。


「は、はああああ!? 何でそこに座らなきゃなんないのよ!」
「千代は寂しくなかっていっとったけど、俺が寂しかったけん、ここに来てほしかなーって」
「さっきまで楽しくその人とお話してたじゃない何いってんの!?」


 まったくだ。寂しかった俺は、千代に同意した。あの空気で寂しかったなんて言うんじゃねえよ瀬戸。
 という、俺と千代の二人掛かりの非難の視線にも、瀬戸はめげなかった。爽やかオーラをまとった笑顔に、とうとう千代は折れて、すとん、と瀬戸のあぐらに腰かけた。
 そして瀬戸は、流れるしぐさで、明るい色をした千代の髪をなでる。ひゃう、という甘い声がくぐもって漏れた。


 ……あんぐりした俺たちに、星永が呟く。



「……信じられますか、先輩方。あれで付き合ってないんですよ」

 マジですか。
 俺たちは本気で心の底から思った。
 それは、千代=ツンデレという公式とともに、瀬戸=タラシという公式が出来た瞬間だった。