コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論【一周年ですよ!】 ( No.493 )
- 日時: 2013/10/10 23:37
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)
星永曰く、「多分ちっちゃい子の面倒を見過ぎて滅茶苦茶感覚がとち狂ったんや」……らしい。……どういうことだ。と思ったが、千代は真っ赤にしながらも落ち着いているし、瀬戸は相変わらずニコニコしてるので、ま、いっか、という結論に至った。
「あ、忘れるとこやった。諷っち、お願いがあるんやけど」
「……わたしに?」
フウが目を瞬かせる。
「うん。あのな……諷っちのことば、話して欲しいんよ」
◆
「疲れたねー……」
「疲れたなー……」
「……しかし、カナちゃんがあそこまで勉強できなかったとは……」
「ああ、ヤバかったな……本気で」
話が終わるのは、晩飯挟んで夜だった。元々、瀬戸の家で飯を食う予定ではあったので、遅くなったわけではないが、途中学業の話になり、瀬戸が底辺成績だと判明した途端、全員総出で瀬戸に勉強を教えたのだった。
「記憶喪失だっていう千代ちゃんも、最初は全然判っていなかったけど、終盤になった時にはカナちゃんより理解してたよね……」
「ああ……瀬戸に関しては判らないというよりも、アレルギー反応が出ていたな」
よっぽど苦手意識というか、嫌いなんだなあと実感。果ては涙ぐんで「秀才二人には判らんったいー!!」と叫ぶ始末。瀬戸が狂乱するなんて思いもよらなかったから、俺らは相当ぱにくった。
「そりゃ、半世紀以上も高校に住み着いていたら否応なく知識はつきますって……」
「俺は、勉強しかすることなかったもんなー……」
「俺は体育は苦手だ。逆に生き生きと信じられない成績を残す瀬戸の身体能力には驚かされる。みんな違ってみんないいだ。だからそんなにひがむなー」とフォローに回った。それほどまでに、瀬戸の勉強への苦手意識からくる狂乱は凄まじかった。
瀬戸に何度も説明するよりも、狂乱の後始末の方が大変だったと思う。
「アイツ、大学行くのかなー……」
「どうでしょう。……いろいろ、あると思います」
「……いろいろ、か」
仕事に就く大変さも、大学に行くお金の重さも、きっと瀬戸は、人一倍感じている。……ああ見えて、考えてるんだろうな。
そこで言葉を区切って、俺はさっきまでの出来事を思い浮かべた。
瀬戸のフウへの頼み事に、フウはいたって普通に答えた。
大正うまれだということも、半世紀眠っていたということも、生霊になったことも、最近目を覚ましたということも、その代償に、足を失くしたことも。
傍で聞きながら、俺は、その事実を何処かで不思議に感じつつも、やっぱり普通に受け入れている自分が、不思議だった。
聞けば聞くほど、判らないことがあって。
……知らないことが、沢山あって。
知らないことは、判るまで受け入れておこうと、思っていたけれど。
最近、目を逸らしているような気がする。……何かを。違和感を感じつつも、どこかで、目を背けているような、そんな気がする。
その違和感が判らないからこそ、足元がぐらつきそうで。
……急に、大きな、大切なものが失ってしまいそうで。
例えば、
「……ケンちゃん? どうしましたか?」
コイツ、とか。
「具合でも悪いんですか?」
その問いに、俺はゆっくりと首を横に振った。
「……何でもない。それより、フウは進学どうするんだ?」
そう聞くと、フウは急に真顔になった。
予想外の反応で……——それが、急に、怖くなって。
多分、肩の震えは、こいつには気づかれていないと思うけれど。
すぐに、フウは笑った。
「いやー……わたし、何にも決めてないんですよねー」
なんてことなく笑ったものだから、気のせい、と思った。
思い込むことにした。
それで俺も、動揺からきた肩の震えを気づかれないように、笑って。
「お前……二学期が始まる前には決めた方がいいぞ」
「うーん。ケンちゃんの隣に居られるのだったら、どんなとこでもいいですな!」
「そうかい……」
一度失ったことがある。
あの暖房がきいた図書室で、隣り合って本を読んで、どうでもいいことを話して。
それを一度失って、また取り戻して。
当たり前のように、進路の話をすることが。
当たり前のように、遠い未来隣にいると話すことが。
こんなにも、違和感があるのに。
情けないぐらいに、怯えている自分がいるのに。それを隠して。
それを無視して、右手に握られた手のぬくもりに、縋って
(そろそろ夏が終わる)
(そうしたらきっと、すぐに、フウと出会った秋が巡って)
(……その、次は。本当に、このままいられるんだろうか)