コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論【一周年ですよ!】 ( No.496 )
- 日時: 2013/10/14 17:56
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)
「それでは、今日はこれで」
「お疲れ様、千代ちゃん」
美味しそうなラーメンの匂い。ぶくぶくとふくお鍋。店主の優しい笑顔。騒がしい表舞台。
ワタシはそこに入る勇気はないけれど、それでも聴こえる人々の賑やかな声は、ワタシの心をフワフワと浮かばせる。
避けるわけではないけれど、為るべく人と会わないように、ワタシは裏道を通って、帰路を辿った。
口裂け少女のたまに見る夢
目が覚めたら記憶喪失になっていたのは、今から二週間ぐらい前。
アイツと暮らし始めたのも、同じぐらい。フウコとミヤザワに会ったのは、一週間前。ユキとユウに会ったのは、その次の日。
そして、ユキに勧められてこのバイトを始めてから、もうそろそろ一週間過ぎようとしていた。
「ユキの友達のお母さんがラーメン屋してるんだけど、どう? バイトしてみない? 顔が見られたくなかったら、裏方の方させてもらえると思うよ」
その誘いに、ワタシは若干の不安を感じつつも、了承した。
何時までも要に甘えてはいけない。そう悟ったら、行動するのみだと思ったから。
でも、こんな身元不明の奴、いくら友達の紹介だからといって通るかな……という不安があった。——が、店主はとても豪快な人で、一発合格。マスクしててもいいとか何その懐の広さ。
……と、いいながら、仕事では結構失敗しちゃうので(皿割ったり)、ワタシはその細かいことを気にしない豪快さに救われているのだった。本当にスイマセン……。
要は、九月になると夜間バイトを止めて、喫茶店のみにしている。
ヘタレのくせに頭のいいミヤザワが勉強を教えてるので、要が机に向かう時間も結構増えた。ワタシもついでに、その講義を聞いて勉強している。
勉強というのは、本当に面白い。
判らない、というのが判ってきて、その判らない所が判る、という、素晴らしい美点が二つもある。まるで、視力が落ちた目に眼鏡をかけたら、視界がハッキリと見えるような、そんな感じだ。
沢山勉強すれば、その分身になってくる。それは、ワタシの世界を変えるような、ワタシにとっては目から鱗が落ちるような、そんな経験を何回もした。
特に、数学が面白い。
要は数字を見るだけで蕁麻疹が出るぐらいにニガテらしいが、ワタシは、その数字がどこまで真実にたどり着けるのだろうと、ワクワクする。一見アテにならなさそうな数字が、こんなにも重みを持っている。
英語も好きだ。和製英語が実は英語では意味が違ったりする。けれど、電化製品のコードの先についている「コンセント」が、英語では「合わせる」という意味だなんて、そんな意味にした日本人は中々しゃれているな、と思った。
何故要は嫌いなんだろう? ワタシには判らない。
逆に、体を動かすことがワタシは嫌い、というかめんどくさいのだが、要はその時には本当に生き生きしている。
本当、人それぞれなんだなあ、と思うこの頃です。
「ただい……」
軋む階段を上って、ボロボロのドアを開けて、中は結構きれいな部屋に入って、いつも通り誰もいないだろうなあと思いつつ帰りの挨拶をしようとして、止めた。
そこには、無防備に部屋を占領して寝ている要が、いた。