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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『優の独白』更新】 ( No.515 )
- 日時: 2013/12/10 19:50
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)
思い込むことに疲れた。
信じようことに疲れた。
このままどうにでもなれという、諦めと。「何を思い上がって行動しとるのや」と嘲笑しよる自分がおることに、ほんの少しの恥を持って。
せやけど、手放しようことも、怖かった。
怖い。
そう思えば、理性で押さえとうたざわつきが、一斉にうねるように動きよう。
怖い。怖い。
嵐のように、それは唐突に。そして、雪だるま式に膨らんで、あっという間に巨大化しよる。
「…………うわああああああああああああああああああああああああああああああああん!!」
叫び声を上げた。
思うがままに、近くのものを齧ったり、投げたり、殴ったり。
ワケが判らへんまま、怒って、泣いて、暴れて。
止めよう、こんなことしようてもどうにもならへんのに、と思いつつ、出しても出しても尽きないこの感情は、止まらへんかった。
まるで、台風みたいやった。
気分が重くて沈んで低くなりよる。
低気圧へ、どんどんと前向きな気持ちが吸い込まれていく。
外も、叩きつけようように、風と雨が、窓を揺らしとった。
ザアザア。ザアザア。
……ほんの少し落ち着いたあたしの耳に届きようたんは、ただただ、雨音で。
静寂のようで、静寂やあらへん。
沢山叫びようたにも関わらず、あたしの心は穴が開きよったように、何もあらへんようやった。
あれだけ激しかった怒りも、悲しみも。穴があるだけで。それが満ちへんのが、凄く違和感があって。
恐怖は、あるようで、あらへん。
誰か。誰か、助けて。
必死にそう思った。
誰でもええ。何とかして。穴を埋めれるんやったら、何とかして。
いつの間にか、外は真っ暗になっとうて、電気もつけへんまま、あたしはリビングまで手探りで歩く。
途中で、昔大切にとうた竹のおもちゃが壊れてとったことを知った。……あんだけ大切にしとうたのに。
それを見て、途方もあらへん無感情が穴をすり抜けよった。
いや、無感情やあらへんかもしれへん。壊してしまった悲しみと、そこから来る後悔と、どうでもええと思う諦め。
……せやけど、やっぱり、感情は無いような気がする。
リビングの明かりも消えとって、妹の気配もあらへん。何処か遊びに行ったのやろうか。両親は共働きなので、今日は一日おらへん。
誰も、おらへん。
助けて欲しい。誰かに。
無いものねだりで、とんでもあらへん我儘な気持ちが、腕と指を動かしとうた。
ゆっくりと数字を押して、……機械の音が流れる。
バカやなあ、あたし。
こんな時に、あの人にかけよるなんて。
一人暮らしをしとって、バイトもしとるあの人にとって、こんな時間の電話は、迷惑の何者でもあらへんやろう。ひょっとしたら、まだバイトから戻ってへんかもしれへんのに。
せやけど、切ることなんて、出来へんで。
『……もしもし? 瀬戸ですが』
繋がりようた途端、あたしは息をつきよる暇もなく話した。
あたし、何を言ったんやろう。
自分で気が付かへんほど、喋って喋って喋りまくった。そして話せば話す程、何だか涙が出てきとった。
鼻水と涙で顔はグシャグシャになっとうて。喉はカラカラで、痰が絡んで濁って、気持ち悪かった。
カッコ悪いな、と思った。
誰かを助けよう人間になりたい。
とても強い主人公にあこがれた。強くて優しくてカッコイイ主人公に憧れた。
頭のええ主人公に憧れた。綺麗な主人公に憧れた。
それに一歩でも近づきとうて、幼い頃はひたすら努力しようた。
勉強も出来て、運動も出来て、ファッションにも拘って、優しい人になろうと頑張って。
……そうして、それに近づきよれば近づきようど。
何故か、人は遠ざかって行った。
「目立ちがり屋」「キモイ」「ウザイ」
「自己中」「ブスが調子乗ってんじゃないわよ」「見下ろしてんだろ」
「近づかないで」「死ね」「消えろ」「汚れる」「穢れる」
……ああ。
あたしは何かしたんやろうか。
一生懸命になった。何事にも。それこそ周りが見えへんぐらい。
だからやろうか。その周りが見えない時に、あたしは周りを傷つけたんやろうか。
目立とうと思ってやったわけやあらへん。
気持ち悪いことをしたつもりもあらへん。
ずっと誰かに引っ付いた覚えもあらへん。
自分中心に物事を考えたつもりもあらへん。
調子に乗っとうつもりもあらへんし、自分がブスだとは思わへんかった。
頭がええことを理由に、誰かを見下ろしよるなんてこと、してへん。
……せやけどそんな自信は、だんだんと崩されていっとうた。
自分は自覚せえへんうちに、目立とうとしたんやろうか。気持ち悪いことをしたんやろうか。誰かにずっと引っ付いとったんやろうか。自己中やったのか。調子に乗っとったんやろうか。皆を見下ろしていたんやろうか。
自覚してへんだけで、心の片隅でそう思っとうて、それが態度に出てしまっとったんやろうか。
暗いトンネルを潜っとっていたようやった。
果てしない自問自答に溺れそうになった。
死んでしまいようたらええのかもしれへん。そう思った。
何もかも、自己否定しようと棄ててしまいそうになっとうた時、師匠にあった。
あたしよりも強うて、あたし以上にアクの強い方言喋って、あたしより優しくて、あたしより人のことなんか気にせえへんで、あたし以上に…………ずっと、ずっとつらい経験をしよった人。
あの日手を差し伸べられて、そしてあたしは、やっと自分を肯定できることが出来た。
……その肯定した矢先に、あたしは、今度はずっとずっとため込んどった不満や理不尽を、全て憎しみに変えようた。
中学校時代のいじめは、攻撃的やったあたしの言動や行動に触発されよって、後で先生に『問題児』扱いされて少し大人しくなったあたしに、今や今やと叩き潰しようチャンスを待っとったんやろう。
沢山沢山恨んだ。憎んだ。こんな目に遭わせた奴らを、本気で殺したいと思っとうた。死ね、と呟きようた。殺してやると呟きようた。本気でカッターを持って襲う姿を想像しようた。靴を隠してやろうと思いようた。大切なものを踏みにじって、ギタギタに刻んでやろうと思いようた。
……せやけど、出来へんかった。
あれほど憎みようたのに、あれほど絶望して悲しんで、あれほどあたしを踏みにじっとうた奴らやのに。……嫌われとうあらへんと思った。心の底から。
そんな風に思っとう自分が、たまらなく嫌いで嫌いで——やのに、どうしてか、捨てられへん。
捨てることが出来へんかった。