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Re: 臆病な人たちの幸福論【『優の独白』更新】 ( No.516 )
日時: 2013/12/10 20:30
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)









『……そいで、良かと思うったい』



 電話越しに、師匠はいった。



『他人ん品性ば貶める奴は、自分の誇りすらも貶める。そーまでして得るものはなか。誇りあってこその人間だから。誇りちゃてなければ、そん金も地位も、ただん持ち腐れになっとうばい』



 優っちは賢いんよ、という。



『そいが本能的に判っちいたから、楽になるかもしれん道ば捨てよった。憎しみば晴らすためにわざわざ自分がそーなるん必要なんはなかって、大切なものがちゃぁんとわかっちょったから、捨てた。……偉いんよ、優っちは』

「偉いなんてっ————」



 そんな言葉で茶を濁さんで。
 そんな言葉じゃ、苦しいだけやのに。



『……うんうん、優っちは偉かよ。じゃから、慰めの言葉なんてかけんばい』
「……っ!」
『慰めても、気ぃは晴れないと思うったい。そんに、それは多分、俺が解決できるものじゃなか。優っちが気づいた方が、優っち、きっとよかと思うから」




 そういいようて、師匠は、電話を切った。
 バイトがあるから、といって。




 そんな。

 それじゃ、今、どうすればええの? 師匠でも助けてくれへんの? 師匠、あたしを見捨てようの?
 ……自分勝手な思いが、彷徨う。それは、時間が経てば経つほど、憎しみに変わっていきよう。

 バイトがありようから、あたしの電話を切るですね。
 あたし、どうでもええ存在なんですね。
 あなたにとってあたしは、気の重い奴なんですね。


 ……違うのに。バイトやから、仕方がないのに。
 師匠のこと、好きなのに。恨みとうないのに。……なのに、思考は、全然、いいようこと聞かへんで。
 どうしようもあらへんで、仕方がなくて。



 パタリ、と意識が消えていきようた。



                   ◆



 気が付くと、リビングは明るくなっとって。
 何や騒がしいなって、端から端を見ようと、妹と、今日会ったユキと、友人であるリナと、モエがおった。
 ……え、なんでおるん。



「……あ、やっと起きた!」


 すぐ傍にいたリナが声を上げると、一斉に残りの三人がこっちを向く。


「ちょっと! アンタ大丈夫!?」
「おねーちゃん、リビングで寝とうたんよ!?」
「本当に皆びっくりしたんだからね!?」
「良かった、無事で」


 一人だけ冷静にいうリナ以外は、勢いがあって思わず身体を縮ませていた。


「ど、どうして皆が……?」
「ここに来る前に、瀬戸君から電話がかかっていてね」


 師匠から……? ビックリするあたしに、ユキは続けようた。


「『ちょっと、様子がおかしいから、見に行ってくれって』……あなた瀬戸君と知り合いだったのね。聞いてビックリした」
「ついでに、あたしたちもその場に立ち会っていたから」
「気になってついてきたんです。そしたら、妹さんが青い顔で『誰でもいいから入ってきて』って飛び出してきたものだから……」
「ちょっと、動転しとうて……あ、おねーちゃん、モエさんがラーメン作ってくれようたんよ! 風邪でもあらへんらしいから、普通に食べれようやろ!!」



 ……もう少しゆっくり喋ってくれ。
 そう心の中で思いつつ、一生懸命みんなの言い分を聞いて対処しよううちに。
 いつの間にか、あれほど大きな穴があったモノが、満たされてとった。



 師匠、電話してくれたんや。
 ユキ、それで来てくれたんや。モエも、リナも。こんな大雨ん中を。
 妹は……心配、してくれたんや。

 空いとうたお腹は、温かいラーメンで満たされていく。
 冷え冷えとしとうた空気が、いつの間にか、軽くなっとう。
 あれだけ重たかった身体も、寝たからやろうか。頭も、冴えてとった。




 ……それで、気づいたの。
 あたしは、闘いたい。せやけど、今とても余裕があらへんのやって。
 自分が悪いわけでも、傲慢でも、やりとうてもそんな力があらへんわけやないということも、判ったの。


 余裕があらへんだけなんやって。
 ……余裕が出来れば、自分でそれを作れる力をつけれるようになれば、ええんやって。



 何かをしたわけやあらへん。
 せやけど、目が覚めれば、いつの間にか解決しとった。
 ……台風やってそうや。幾ら人の手でなんとかしようと思うても、台風は終わらへん。
 せやけど、何時か過ぎていきよう。そして、自然と消えていく。
 そうやって時間が解決することもあるんや。


 不思議だ。
 何故あの台風が終わった後は、こんなにも和やかになれるんやろう。こんなにも、満たされよう気持ちになるんだろう。
 不思議で不思議で、たまらへんで。




「何? 急に笑って。いいことあったの?」





 自然と、笑うことが出来るんや。








           例え高気圧でも、晴れの日は、気持ちが良うて





(逃げとっも、また闘えること)
(過ぎ去っても、向き合うことが出来ること)



(……この出来事がすべてやあらへんけど。せやけど、転校しようこと、ちょっと考えてみようと、思うきっかけになったんや)