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- Re: 臆病な人たちの幸福論【『低気圧&高気圧注意報』更新】 ( No.523 )
- 日時: 2014/01/22 17:28
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: MuUNITQw)
◆
それから二日後。
通販で頼んだテレビ(中古でそれなりに丈夫そうなの)が、宅配で届いた。
「……テレビ必要ないっていってんのに」
ボソ、と呟いた言葉は、マスクによってくぐもり、小さい声がより一層聞きづらくなった。
だというのにコイツの耳は地獄耳で、
「俺が欲しーなったんじゃ。千代っちと一緒に見たかったけん」
その発言に今度こそワタシはドン引いた。
ホントに今日はいったいどうしたんだ。何時も節約重視で贅沢をあまりしたがらない要がこんなことをいうなんて。さては変なもの食っただろ。
「というわけで、俺はコンビニで支払ってくるけん」
「……じゃあワタシ、家で待ってるね」
「お土産は?」
「いいよ、コンビニのお菓子高いでしょ」
「お、判ったタケノ○山じゃな」
「いや話聞けよ」
「千代っち」
靴紐を結んで、後ろに居るワタシに振り返って、顔を見上げる。そして、ニ、と笑った。
「遠慮なんて、しなくてひやかよ」
その顔は、滅多に誰にも見せない顔だということを、ワタシは、なんとなく理解している。
それが判った時、優越感とか特別だと誇らしげに思う前に——後ろめたさがコツン、と心臓の中に落っこちた。
ねえ。
どうしてそんなに君は優しいの。
「……パイの○、食べたい」
「了解。こうご期待!」
行ってきます、という声を聞きどけて、ワタシは小さく、いってらっしゃい、と答えた。
君のようにはなれない。だけど憧れてしまう。
君のようになりたい。だけど今すぐにはなれない。
ワタシは、バケモノだから。
君の隣には、並ぶことは出来ない。
学校に行くことも、君のように掛け持ちして働くことも、人に優しくすることも、人とかかわることも、ワタシには出来ない。
何にも出来ないワタシは、君の隣に並ぶことさえ出来ない。
……だから、思いなんて伝えられない。こんな気持ちを伝えてしまったら、きっと迷惑をかけるから。この家にはいられなくなるから。
君が鈍感だから救われる。だけど。
「(ねえ、なんで君は、そんなにも優しいの)」
その優しさは、刃物のように胸に突き刺さって、形のない感情がこみ上げてくる。
その優しさは、残酷だ。……残酷なのに、縋らないと生きていけないワタシは、罪悪感があって。
なのに、あの日君の弱さを知ってしまったから。自分から、君を捨てることは出来なくなってしまった。
君の弱さを見た時のことをチラリと思い出したら、ここに居ることの罪悪感や後ろめたさを忘れることが出来たのだ。
ここに居るだけで、君の寂しさとか辛さが癒えるのなら。それが例え、ワタシじゃなくても、ワタシの代わりがこの世に何十人もいたとしても、彼を支えているという事実は、ワタシの誇りだった。
それはとても、卑怯なことだとは思うけど。
「……かなしいなあ」
つい最近、相性の悪い男から教えてもらったものの一つを呟いた。
昔の言葉は、心が痛む感情を表す言葉を、身に染みてしみじみと愛しい感情の意味を表わしたそうだ。
何でこうまで、言葉というのは、二つに引き裂かれてしまったのだろう。
◆
夢を見た。いつもの夢だった。
『可愛いわよ、千代』『今日は幾ら欲しいか? 十万ぐらいか?』『凄くきれいな服があったから買ってきたの』
両親とも思われる人が、次々と物を買ってくる。何時ものワタシだったら、何でそんな無駄遣いをする必要があるのかと突っ込んだだろう。
けれど、夢の中に居たワタシは、それが嬉しかったのだ。
家にはなかなか両親はいなかったけれど。あまり、お手伝いさんとも家の外に居る人とも話すことが出来なかったけれど。寂しいとは、思わなかった。こんなに物を買って貰っているワタシは、幸せで愛されているのだと思った。
だってみんながそういったから。「あなたは沢山物を貰えて幸せね」って。
「世の中には何も貰えない子が居るのに、あなたは沢山物を貰えて幸せね」
両親に褒められたり可愛がられたりする声よりも鮮明に、そして深くワタシの心に刺さった。
——何時だったからだろう。その言葉が、酷く気になり始めたのは。
気になり始めた時、ぽっかりと穴が開いたようだった。心だけじゃなくて、身体も。
沢山物を貰えるのに。全然満たされない。前まで嬉しいと思っていたのに、貰えば貰うほど逆に鬱陶しくなる。
何時からか、可愛い、愛しているという言葉も、聞けば聞くほどいらだちを覚えた。そして、聞けば聞くほど、幼い頃は持たなかった欲求を、激しく持つようになった。
お父さん、一緒に居て。お母さん、一緒に居て。
いいたい言葉を飲み込んだ。いえるわけがない。二人は忙しいのに。
そんな我儘はいえない。思ってもダメだと、自分でその欲求を抑えた。なのに、抑えれば抑えるほど欲しくなる。
凄く苦しくて、必死に何かを求めた。無性にいらだって、自分の身体を傷つけたくなった。でも怖くてできなくて、そんな自分も苛立った。鉛筆を噛んだことがある。服をカッターナイフで切り裂いたことがある。大声で泣きたくて、でも、泣けば嫌われそうで、何時も部屋の隅っこで静かに泣いていた。
沢山我慢した。我慢の限界でプッツリとキレそうな、そんな矢先だった。
あの子が、産まれたのは。
そして、何もかも、ワタシは、壊したくなって。
気づいた時には、何もかも、手遅れになってしまったのだ。