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Re: 臆病な人たちの幸福論【第五部後半スタート!!】 ( No.525 )
日時: 2014/01/24 18:46
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: T5S7Ieb7)

 昔昔、あるところに、貧乏な家で生まれた赤ん坊がいました。
 貧乏すぎてもう暮らしていけなくなり、その赤ん坊は子供が出来ない、裕福な家庭の夫婦に養子として迎えられました。大金と引き換えに。
 赤ん坊は女の子となり、やがて、誰もが見て振り向くぐらい、美しく可愛らしい少女になりました。


 お金も、親も、美貌も、誰もが望むようなものを、少女は持っていました。
 けれど、少女は何時も、満たされていませんでした。
 両親は、少女を「可愛がる」だけで、愛してはくれなかったのです。





口裂け女 ムカシバナシ 1




「今日も可愛いわねえ、千代ちゃん」
「あ、はい……」


 待ちゆく人たちに声をかけられながら、ワタシは重い足を引きずった。
 そういわれることに慣れてしまったワタシは、出来ることなら聞きたくない言葉だった。

 ぜいたくな悩みだと、人はいう。

 自分でもそう思う。ワタシは誰よりも恵まれている。親もいるし、お金もあるし、病気もしていない。自分でいうのもなんだけど、綺麗な顔をしていると思う。少なくともブスじゃない。だから、こういう風に悩むのは筋違いで、とてもいけないことだとも思う。



 だけど、学校に行けば、そんなの全然関係なくて。



『死ね』『キモイ』『調子に乗るなブス女』



 ワタシが居る場所には、至る所にそんな字が書かれていた。読みににくい字じゃないけれど、綺麗とは絶対にいえない。

 ……またか、と思ってしまう。何時ものことだった。

 毎日同じようなことが書かれていて。最初は悔しかった。次に悲しかった。三度目は辛いと思うようになった。けれどもう何百回も同じことを繰り返されては、慣れてしまった。陳腐な言葉ばかりで、それ以上のことはしてこない。
 慣れている。こんなの、慣れている。だからワタシは、傷ついてなんか、ない。


 グシャリ、と、陳腐な言葉が書かれた紙を、人知れず握り締めた。












 いじめられているからといって、味方がいないわけじゃない。
 教室で普通に話しかけてくる子は居る。友達だって居る。
 それでも、教室は居心地が悪い。
 仲の良い子と話していると、刺すような視線を感じて、思わず見てしまう。
 見なければいいのに、その先には、必ず悪意を持って睨み付ける女子たちが居る。その目がとてもおぞましくて、吐き気がして、でもそんな弱みを見せるのは嫌だったから、気付かないフリをしている。なのに、気が付けば見てしまうのだ。


 気づかないフリをしているのは、もう一つある。


「ねえ、大八木さん、今日一緒にカラオケに遊びに行かない?」
「ごめんなさい、今日は……」
「えー! 何時もそうやって断ってるじゃん。今日は来てよ」


 そういった瞬間に、集まる男子たち。すっかり囲まれてしまう。
 何とかしてその囲いを潜り抜けて逃げる。これって高校に入学してから何度目だ。


 ワタシは男の子が嫌いだ。関わってロクな目に遭ったことがない。
 小学校時代は散々容姿についてからかわれ(『目がでかくてキモイ』とか、『唇が真っ赤なのは血の色』とか)、中学校に入ると手のひらを反すように優しくしてくる。

 しかしその優しさが全部、気持ち悪かった。

 何というか、押しつけというか、「こうしたら俺と仲良くしてくれるだろ」という下心満載で。告白が始まったのもこの時からだったが、腹の腸が煮えたぎるのを抑えて丁寧に断っているのに、フラれたら男どもは「大八木は実はこういう奴なんだぜ」と、ないことを言いふらし始めた。そしてそのせいで女子ににらまれる羽目に。中学校時代は友達なんぞいなかったいわゆる『暗黒時代』。

 以来ワタシは、男の子の好意も徹底的に無視することにした。
 それでも、しつこい男というのはいるもので。何が一番性質が悪いって、中学校時代にはなかった『性欲』というのを全面的に出しているのだ。何だ、カラオケって。個室じゃないか。それも男数名が一名の女を囲んで誘うって、どう考えても誠実じゃない。冗談じゃない!