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- Re: 臆病な人たちの幸福論【口裂け女のムカシバナシ】 ( No.528 )
- 日時: 2014/02/11 18:21
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: T5S7Ieb7)
「親がさ、共働きでしょ」
「うん、フリーダムよね、アンタの親」
「そしたら、大体弟の世話がお手伝いさんかワタシに回って」
「そうなの。……え?」
ハツの表情が一転して強張ったが、気にせずワタシは言いつのる。
「でもお手伝いさんって、うちの広い家の世話で手一杯だし、若い人だから赤ん坊が泣くだけでオロオロしちゃってるしさ。何かヘマしたら減給されてしまうかもしれないしで、見ていられなくてね……」
「ちょ、ちょっと待って!」
物凄い形相でハツに止められたワタシは、はっとした。
「ごめん……愚痴聞かされるの、迷惑だった?」
思えば、ワタシはハツに「愚痴を聞いてくれない?」と前置きをしていなかった。急にこのような話をさせてしまった事実に、恥ずかしさと申し訳なさが胸の中に広がる。どうしよう、悪い気分にさせてしまったと思っているワタシに、ハツは首を横に振った。
「いや、別に愚痴ぐらいはいいのよ。そうじゃなくて」
「何?」
「お母さん、育児休暇貰ってないの?」
……育児休暇?
「……それって、貰えるものなの?」
「ハアアアアアアアアアアア!?」
思わず疑問を口にしたら、ハツに何言ってんのアンタは!? と返された。
「何? アンタ、ひょっとして育児休暇も知らない?」
「知ってるわよ失礼な」
育児の為に取る休暇でしょう。それぐらい知っているというと、ハツはなんだ、と安堵した。
「だったら、その意味の通りよ。その意味じゃなかったら一体その休暇は何時使うのよ」
「でも……うちの母はそれを取っているようには見えないわよ? 相変わらず夜遅いし」
「まあ、アンタが弟の世話をほとんど見てるっていうなら、そんなとこだとは思ったわよ……でもまだ小さいんでしょ? 夏休み前に生まれて、今十一月だから……まだ離乳も済んでないじゃないの!!」
「……お母さんは、ミルクで大丈夫だって。ワタシもそんな風に育てたらしいから」
「……それって、変だよ。おかしいよ」
そう言うと、ハツは冷えた声でいった。
「だって、家族が一人増えたのに、そんなすぐ普通に戻るわけないでしょう? 赤ん坊よ? 私たちと一緒なわけないのよ? 私たちには必要じゃないものが、赤ん坊にとってはとっても大事なのよ?」
「ハツ……?」
「千代にこういっても意味ないことぐらい判る。でも、そんなの、絶対おかしいよ」
ハツのお母さんは、シングルマザーの為、仕事をしている。だから、ハツは小さい頃から一人で留守番していた。
ハツには一人妹が居て、中々利発な子だが、たまに後先考えずに物事を進めることがあって、そんな妹を、よくハツは面倒を見ていた。けれどハツはそれをいやとは思っていないし、寧ろ喜んで妹の世話をしていた。妹からも好かれているお姉ちゃんである。
そして、ハツはお母さんのことを悪くいうことはしなかった。ハツ曰く「あまり母親とは接していないから、嫌いじゃないだけ」と澄ました顔で言っていたけど、嘘だ。本当はお母さんが大好きで、お母さんが自分たちの為に働いていることを知っているから自分もバイトを始めて、妹にテニスをさせるために部費を半分あげたり、弁当を作ってあげたりしているのも知っている。それに、何時もハツが持っているハンカチ。制服のシャツとかは自分でやっているが、ハンカチだけはお母さんがアイロンをかけていると聞いたことがある。「ホントにハンカチだけだけどね。うちの母もフリーダムでずぼらだから」とハツはいうけれど、皺ひとつないところから見て、良いお母さんなのだとわかった。
片親で子供を二人も育てるのは、子供であるワタシにもなんとなく、大変なのだと判っている。ワタシが思っている以上に、きっと大変なのだろうけれど。それでも、ハツは何時も笑顔だし、とても優しい。
そんなハツに、ワタシの家はおかしいといわれた。
「ましてや、アンタだけが弟の世話してるなんて……アンタ、ひょっとして眠ってないでしょ」
そのことがいいたくてハツに話を持ち掛けたのに、いう前にハツに見破られた。
何で判ったの、と聞くと、赤ん坊の面倒見るっていうのはそういうことなのよ、と返された。
「とりあえず、私がとやかくいうことじゃないけれど、アンタはちゃんと眠りなさい。弟が可愛く見えるかもしれないけれど、あまり構いすぎてもダメだからね。それと、両親が面倒見れないなら、ちゃんとお手伝いさんに頼みなさい」
ハツの言葉に、ワタシは頷くしかなかった。