コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 臆病な人たちの幸福論【傍から見れば男女のもつれ】 ( No.536 )
日時: 2014/03/05 18:44
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: T5S7Ieb7)


 ……さて。通常の俺との別れを覚悟したところで。
 今度は、瀬戸に話しかける勇気を持たねばならないのだが……如何せん、そろそろ授業が始まるので、その前に彼には女子トイレに向かって貰わねばならない。……ここは一つ。



「諷子さん、お願いできますか……」
「りょーかいです」



 今の瀬戸と似たようなことをしていた兄で手慣れているというフウに任せることにする。さっきから、何となく世話焼きたくてウズウズしていたみたいだし。……お節介だよなあ。俺もかなりのお節介になったと思うが、それは大体フウの影響だと思う。フウのお節介は、きっと生まれつきなんだろう。


 早速、「……瀬戸君瀬戸君」とフウが話しかけると、ゆっくりと瀬戸はフウの方へ向いた。






「……宮っち、何? 大事な用がないなら、話しかけんで欲しいんだけど」



 怖い。


 何時もの方言が抜けている。これは不機嫌パラメーターマックスだ。あんな禍々しい瀬戸を、俺は見たことがない。
 少し離れた場所で様子を見ているのに、恐怖とほんの少しの何かが十分に伝わって来る。怖ぇよ。足の震えが止まらないんだけど!

 ——だというのにフウは、相変わらずニコニコと笑っていた。



「わたし、瀬戸君が好きですよ」
「……何、唐突に」



 本当に唐突だ。
 というか、自分の彼氏の目の前で何口走っているんだあいつは。


「働く瀬戸君が好きです」
「……」
「他人の為に動く瀬戸君が好きです。いつも明るく元気に過ごす姿を見せてくれる瀬戸君が好きです。瀬戸君見てると、頑張れる気持ちになります。あ、後……」


 ……ひょっとして、フウ、瀬戸を褒め殺してどうにかしようっていう気なのか?
 あの禍々しいオーラを放っている瀬戸相手に、褒めるだけで正気を取り戻すことが出来るとは、俺には思えない。
 俺は目を凝らして、瀬戸の表情を観察する。



「そ、そんな、褒めたって、何もでないばい……」


 あっさりと正気を取り戻した。
 照れくささで頬が赤くなり、何とか心中がばれないように視線をさ迷わせているが、存外手遅れだった。根っこから素直な性格の瀬戸である。
 ああ……そりゃ瀬戸だもんな、と意味不明なことを想う。でも何だか、間違ってはいないような気がした。


「それでね、瀬戸君。それらの瀬戸君の良いところはちゃんと魅力だけど、そうじゃなくてもわたしは瀬戸君のことが好きだよ。多分、皆もそう。たまに元気な姿を見せなくていいんです。けどね? 好きな人が何時も違う姿を見せたら、どうしたんだろうって思うのは、悪いことですか?」
「……」


 急に瀬戸が真顔になって黙り込む。
 ひょっとして、さっきの台詞が瀬戸の地雷を踏んでしまったのかと、ハラハラしながら様子を見守る。


「……宮っちは、気になる人の違う姿ば見たら、気になるのが当たり前と思う?」
「ええ。当たり前だと思います」


 フウが笑顔で肯定すると、瀬戸が掠れた声で何かを言った。ここからだと聞き取れなかったのだが、それを気に留める隙が無かった。






「ホンッッッッッッッッッッット、俺ァ間違ってなか!! 同居人が血相変えて走ったら気になるのは当たり前じゃああ!! なのに、なのに千代っちはうるさいって!! 追いかけてくんなストーカーって!!」







 ガバっと瀬戸が立ち上がった。椅子が後ろに倒れるが、それを気にしたものはいない。


「……なんだ?」
「瀬戸君が急に怒り出した……」
「え、あの瀬戸が?」


 今迄不穏な空気を察して、何時もより静かにしていたクラスメイトたちが注目するのは、何時も大らかで温厚な瀬戸が突如ギャーギャーと喚き怒鳴る姿。
 ……俺も驚きだよ。こんな風に瀬戸が癇癪起こすなんて。


「知ってますか、ケンちゃん。優しくて強い人ほど、生まれつきの癇癪が起きると凄まじいことになるんですよ」
「……どうするんだよ、これ。止められるのかよ」
「ウフフ。どうでしょうねえ」


 けしかけた張本人であるフウは、この事が予想できていたのだろうか。やはりニコニコと笑っている。……何というか、我が恋人ながら良い性格してるよ。



「でも、ケンちゃんも、何時も強い姿しか見せない瀬戸君よりも、たまに不機嫌丸出しな瀬戸君や、子供みたいに癇癪を起こす瀬戸君の方が、ずっと好きでしょう?」



「ちくしょぉおおおお!! 追いかけるな捕まえるなって言われても、絶対探して家に連れて帰るわあああああ!! 待っておれ千代っちぃぃぃ——!!」瀬戸の雄叫びが天井に向かい、あたりに響き渡る。




        ……確かに、フウのいう通りかもしれない


(その姿を見て、俺は)
(『瀬戸要』が、ただの高校生なのだとやっと気づいて)
(……改めて、奴の力になりたいと思ったのだ)