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- Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.546 )
- 日時: 2014/03/18 21:46
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: BDgtd/v4)
自分が一生懸命している努力に、この人が気づいてくれたから。
……まあ、地味な努力なんだけど。結局自分の為だし、人様に役に立つようなことじゃないし。
それに、この技術を身に着けなければやらなければならないことが出来ないというか。特に千歳の子守とか子守とか子守とか。
今さっきまで悩んでいたことは、まさにそのことである。
最近「開けて!」を覚えた千歳は、魔法の呪文「開けて」を使ってワタシに指示することが趣味になっている。それを唱えれば抱っこでもおんぶでも何でもしてくれることを覚えてしまったからだ。お蔭でワタシの腕は常時筋肉痛だ。
ハツは「たまには放って置くこと」といっていたが、あまり放って置くとストレスが溜まるのか吐いてしまった。小さな妹の面倒を見ていたハツにどれぐらいなら放置しても大丈夫なのか聞いてみたが、妹は特に相手に要求することはなく、寝たら寝っぱなし、立ったら立ちっぱなし、座ったら座りっぱなしと、千歳とは正反対の性格だったので、あまり参考には出来なかった。
気付いたら、そのことを何故か、ワタシは山田さんに話していた。
こんな話をしても、この人若いし育児とか詳しくないだろ、と後から気づく。案の定、山田さんは困った顔をしていた。
「……なんというか、高校生が悩むようなことじゃないよね」
「それはワタシが異常ということですか」
「いやそうじゃないけど。……大変だね」
ええそうなんです大変なんです。
だから嘆く暇も辛いと思う暇も今のとこないんです。もうやばいんですよウッヒッヒ。やばい、思い出したら脳内にいるワタシが可笑しな人になってる。やめておこう、今現実を悲観するのは。もうちょっと楽しい事考えよう。よし。
決意を固めて、ワタシは山田さんを見る。
山田さんは、感心した、と口に出した。
「こんなにしっかりしているから、お父さんたちは随分と君を信頼しているんだね……」
「あ、いや。あの人たちワタシが弟の世話しているの知らないです」
そんな、ワタシも両親も大層なものじゃないですよー、と、笑って両手を振る。
「両親は家に居ませんから。居てもほぼ家の中がどうなっているかなんて聞かないし。たまに弟の顔を見るだけで、世話なんてしないんです。母親が弟に母乳を飲ませているところも見たことない」
「えー、そんなバナナー」
「古いです。そのバナナは古いです」
ケラケラと笑う山田さんに、ワタシはツッコむ。
どうやら本気にされていないようだった。ちょっとム、としつつ、まあ、最初のハツも、カミングアウトしたら嘘でしょ、って顔に出してたからな。初対面の人が信じなくても別に不思議じゃない。
……それほどまでに、ワタシの家庭環境は異常だったのだ。
今更その環境を変えようとは思わないけれど。けれど、他のみんなとワタシは違うのだと思うと、寂しかった。
いや、棍本的なところから、ワタシと皆は違う。
……ワタシには、本当の家族は居ない。
なんて、一人でシリアスな気分になっていると、山田さんが何だかオロオロしていた。
「……?」
「あ、いや、ご、ごめんね? 本当のことだとは思いもしなかったものだから……いや、それは失礼か。こんな見知らぬ僕に思い切って話してくれたのに、冗談だなんて思ってしまって……」
彼の言葉に、ワタシはああなるほど、と思った。
どうやら、ワタシのシリアスな態度は、話をまともに聞き入れて貰えないから落ち込んだと思われたようだ。
確かにムッとはしたけれど、でも別に、謝罪する必要もないようなものだから、気にしないでください、と返しておいた。
山田さんはもう一度、ごめんね、といった。
「……そんなに、君の両親は子供に無関心なのかい?」
「そうですねえ。別に、ワタシと弟のことを嫌っているわけじゃないんですけれど、優先順位は仕事だと思います。ワタシたちのことは、思い出したら顔を見に来るぐらいですかね」